2017年(平成29年) 11月23日

沖縄タイムス+プラス ニュース

沖縄伝統空手とは? 「定義」を調査・研究する消防長

賀数淳さん(58)糸満市消防本部消防長

稽古に励む子どもたちと同じ目線で指導する賀数淳さん(右)=糸満市西崎(喜屋武綾菜撮影)

空手への思いを語る賀数淳さん=糸満消防署

稽古に励む子どもたちと同じ目線で指導する賀数淳さん(右)=糸満市西崎(喜屋武綾菜撮影)
空手への思いを語る賀数淳さん=糸満消防署

 屋部憲通、花城長茂、船越義珍…、沖縄空手の重鎮を輩出した那覇市首里山川に生まれた祖父に、達人たちの話を聞かされ育った。現在、県空手道連盟副理事長で、糸満市消防本部消防長を務める賀数淳さん(58)は、忙しい公務の合間を縫って「今の自分にできることはないか」と沖縄空手の学術的な研究にまい進。伝統空手の「定義」などをテーマに調査を重ねながら、論文執筆に励んでいる。(運動部・儀間多美子)

 憧れの空手を始めたのは糸満高校に入ってから。高校1年のゴールデンウイークに公開されたブルース・リーの映画の影響もあり、新入部員は30人近くいたが、3年間続いたのは賀数さんを含め5、6人。組手で団体3位に入るなど好成績を残し、卒業後は糸満消防署に勤務した。

 署では、空手部がなかった中学時代にやっていた剣道を子どもたちに教えていたが、21歳の時、県内で開かれた空手の九州学生個人大会を見て、その熱気に打たれた。「自分は何をしているんだ。空手をやらなければ」。競技空手だけでなく形をしっかり学ぼうと、松林流本部道場へ入門。当直明けに道場に通う日々が続いた。

 さらに県内で、寸止めをやっていた沖縄大学の夜間部に入学、鍛錬に励みながら26歳の時に同大空手部監督に就任した。いまだ破られていない全日本学生選手権6連覇(形)の快挙は、今も大きな誇りだ。

 41歳からは9年間、県空手道連盟の事務局長として奔走した。消防職員との二足のわらじは「目の回る忙しさ。今やれと言われてもできない」。支えていたのは空手への情熱、使命感だ。「世のため、人のためと取り組んだ。すると必ず、協力してくれる人が現れるんだ」と振り返る。

 西崎に道場を開設したのは44歳の時。だが2年前に消防長を拝命してからは責任も増し、道場は弟子に一任した。「24時間365日、市内の全情報が入る。簡単に現場を離れられない自分が、空手のために何ができるか」。考えた末、沖縄空手を学術的・論理的にとらえようと「沖縄伝統空手の定義」について調査研究に乗り出した。

 沖縄伝統空手の特性として「争わない」「敗者を生まない」「崇高な精神性」「護身としての武術性」「形(型)に秘められた奥義」-の五つの精神に価値を見いだすとし「定義を定めないと、今後の沖縄空手発展の足かせになるのではないか」と危惧する。2014年には、世界大会で来県中の外国人選手に「空手が沖縄発祥の地と知っているか」「伝統空手を知っているか」などをアンケートして論文にまとめ、15年に県空手道連盟調査研究委員会で発表した。

 現在は「競技空手の選手であり指導者だったからこそ、見えてくることがあるはず」の思いから、沖縄空手の歴史や競技と伝統の関係性などを研究し、論文にまとめている。先日は慶応大空手部OB会・三田空手会の稽古にも参加し、重鎮らにインタビューしてきた。「沖縄空手の歴史は長くて複雑。少しずつでも学術的に残していかなければ」。空手への情熱と敬愛の思いは、まだまだ尽きない。

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