昔、政治家の自宅を訪ねた時、飼い猫に先輩議員の名前を付けていたのには驚いた。先輩への敬意か反発か。真意は判然としなかったが、妙に記憶に残る名付けだった

 ▼大分市の高崎山自然動物園で生まれた赤ちゃんザルの名付けは、英国王女にちなんだ「シャーロット」で決着した。こちらは敬意や親しみがこもっている。個人的には賛成なのだが、引っかかりも感じる

 ▼立場が逆だったとしても、みんなが賛成するのかどうか、心もとないから。つまり、英国の動物園がサルに日本の皇族の名前を付けても、「親しみがわく」と、うなずけるのかどうか

 ▼英王室が「どんな名前を付けようと、動物園の自由だ」とコメントした大人の対応には、感心させられた。宮内庁ならどうするだろうか。「遺憾」の意を伝えたり、「配慮」を求めたりしないか

 ▼日本の皇室にだけ丁寧なのは、私たちマスコミも同じだ。本紙を含む多くの機関で、外国の王室には尊敬語を使わない慣例がある。キャサリン妃は「出産された」ではなく、「出産した」となる。理由ははっきりしない。一般の感覚に近づけようとした結果なのかもしれない

 ▼信頼される大人の条件はいろいろあるが、身内をひいきしないこともその一つだろう。愛らしい王女とサルに負けないように、成長しなければ。自戒を込めて。(阿部岳)