胸がスカッとするような走りと電光掲示板に刻まれた記録。そのシーンは何度見ても興奮してしまう。「ジェット桐生」の異名を持つ桐生祥秀選手(21)=東洋大=が、陸上男子100メートルで日本人初の「10秒の壁」を突破した

▼高校3年生で10秒01をマークして以来、「9秒台」への期待と重圧は常につきまとった。ことしの日本選手権では、ライバルの台頭などで4位に。個人種目での世界選手権代表入りを逃し、失意から走る気力をなくしたこともあった

▼直感や感覚を大事にするという。理論やデータが重要視されがちな中で、自身としっかり向き合うことを忘れない。そんな姿勢からだろうか。日本選手権後は、1日70本ものダッシュで「ボロくそ走って」吹っ切った

▼昨冬からは、体幹トレーニングなどを取り入れ、体をつくり直してきた。自身に足りないものを見つけ、補い、強化するひたむきな努力が今回の偉業にもつながった。自身を見つめる冷静さがあったからこそだろう

▼「世界のスタートラインに立つことができた」。桐生選手が大きな壁を乗り越えた先に見たものは、新たなスタート地点。そこは3年後の東京五輪にもつながる道のりだ

▼陸上競技の花形ともいえる短距離は、いつの時代も人々を魅了する。歴史をぬりかえた新たな桐生の行く先を心から見守りたい。(赤嶺由紀子)