72年前の沖縄戦で、チビチリガマで起きた「集団自決(強制集団死)」を学び、次代へ継承しようとする人たちからも怒りの声が相次いだ。第一発見者の知花昌一さん(69)は「ガマの中は遺骨も残る墓だ。なぜこんなことをするのか」と憤る。1987年11月に入り口付近の「世代を結ぶ平和の像」が破壊された事件で、初代遺族会長の故比嘉平信さんが語った「二度殺された」との言葉を引き合いに、「亡くなった人は三度殺されたようなものだ」と語気を強めた。

荒らされたチビチリガマの入り口付近。「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」の前には、別の場所から引き抜かれた看板が無造作に投げ捨てられていた=12日午後1時ごろ、読谷村波平

(資料写真)1987年11月に破壊された、チビチリガマの入り口にある「世代を結ぶ平和の像」

チビチリガマ前の像の破壊をトップで伝える、1987年11月9日沖縄タイムス夕刊

荒らされたチビチリガマの入り口付近。「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」の前には、別の場所から引き抜かれた看板が無造作に投げ捨てられていた=12日午後1時ごろ、読谷村波平 (資料写真)1987年11月に破壊された、チビチリガマの入り口にある「世代を結ぶ平和の像」 チビチリガマ前の像の破壊をトップで伝える、1987年11月9日沖縄タイムス夕刊

 チビチリガマを文化財指定する読谷(よみたん)村の石嶺傳實村長は、この日開会した村議会を終えて現場に駆け付けた。表情をこわばらせながら荒らされた現場を回り、「聖地に足を踏み入れて破壊する行為は絶対に許されない。遺族の悲しみを推し量ると残念」と語った。

 破壊された「平和の像」復元で、遺族らと共同制作した彫刻家の金城実さん(78)は「忘れたいのになぜ作るかという遺族の意見もあった」と振り返る。簡単に語れぬ苦しみを一歩ずつ乗り越えてきただけに、憤りも大きい。「警察は徹底的に調べて、誰が司令塔か犯人を捕まえないといけない」と訴えた。

 ガマ調査や平和学習に携わる沖縄平和ネットワークの川満昭広代表は「多くの人が苦しみながら考え抜き、二度と繰り返さぬよう学ぶ場。遺族や関係者は心への暴力を受けた」と話した。

 改築後の読谷村歴史民俗資料館にチビチリガマの展示を検討する村教育委員会の上地克哉さんは「戦後ずっと語れず、ようやく重い口を開くようになった遺族の思いをかきむしって壊す行為は許されない」と述べた。

 高校時代の同級生3人と現場を訪れた金城巖さん(69)=沖縄市=は「神聖な場を汚されたことに県民の一人として憤りを感じる」。平和学習で訪れた東京立正短期大学2年の渡邊晴京さん(22)は「何のために荒らしたか分からないが、遺族のことを全く考えていない。早く犯人を捕まえてほしい」と話した。

 【ことば】チビチリガマ 沖縄戦で読谷村波平の住民が避難した壕。米軍が本島に上陸した1945年4月2日、避難中の約140人のうち、「集団自決(強制集団死)」などで85人が犠牲になった。現在は、平和学習の場として活用されている。