沖縄本島に主要配備された第62師団(藤岡武雄中将)の通称。京都府出身者らで構成され、1944年7月に第32軍(沖縄守備軍)へ編入。8月に中国・上海から沖縄へ移駐した。中国から兵士を輸送した対馬丸は到着3日後、撃沈された。首里の北側を陣地とし、宜野湾・嘉数高地の戦いなどで多数が戦死した。現在の嘉数高台公園内には、部隊の戦没者ら2536柱をまつった「京都の塔」が建っている。