日本海軍の重要拠点、小禄飛行場を守るため配備され大田実少将が司令官を務めた。小禄近辺には約1万人の海軍兵がおり、現在の那覇と豊見城の市境の地下に司令部壕を造った。1945年5月末、首里撤退の第32軍命令で武器の一部を破壊し南部へ移動したが、命令の行き違いで再び小禄へ戻った。米軍の小禄上陸で陸軍との合流を断念し6月6日、大田司令官は海軍次官あてに「沖縄県民斯(か)く戦えり。県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを」との決別の電報を打った。米軍の総攻撃で部隊はほぼ全滅し同13日、司令官と幕僚5人が壕内で自決した。

旧海軍関係者と思われる無数の頭がい骨=1952年3月4日、旧海軍沖縄根拠地隊司令部壕