72年前の沖縄戦で「集団自決(強制集団死)」が起き、85人が犠牲になった読谷村波平のチビチリガマが何者かによって荒らされた。

チビチリガマ内で散乱した千羽鶴=12日午後0時半すぎ、読谷村波平・チビチリガマ

チビチリガマ=2015年撮影

チビチリガマ内で散乱した千羽鶴=12日午後0時半すぎ、読谷村波平・チビチリガマ チビチリガマ=2015年撮影

 当時、犠牲者が使っていた入れ歯や器、瓶などが破壊され、破片が小さな骨の上に散らばっていたという。

 いったい誰が、何のために。嘉手納署が指紋を採取するなど捜査を始めている。事件の徹底究明を求めたい。

 チビチリガマには遺骨も安置されており、遺族だけでなく村民が犠牲者を追悼する神聖な場である。

 遺品のほか、入り口付近に建てられた平和を願う歌が書かれた木製ボードも引き抜かれ、「世代を結ぶ平和の像」に投げ捨てられていた。平和の像の石垣も破壊され、千羽鶴も引きちぎられていた。

 チビチリガマはうっそうと茂る木々の中にある。破壊のニュースを聞いて13日は早朝から台風18号の影響にもかかわらず、村民や沖縄市平和ガイドネットワークの役員らが駆け付けた。

 第一発見者の元村議で僧侶の知花昌一さん(69)が龍谷大学(京都)の学生ら約20人をガマに案内し、「集団自決」の実相と今回の破壊を説明していた。「聖地」が荒らされたことに改めて憤りがこみ上げてきた。

 チビチリガマの「集団自決」で生き残った人や遺族は長い間、口を閉ざし、事実を語りはじめたのは戦後約40年がたってから。

 心ない行為は遺族らの苦しい思いも踏みにじっている。理由が何であれ、許されることではない。

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 チビチリガマを巡っては1987年11月、入り口付近に建てられていた彫刻家の金城実さん(78)らの「世代を結ぶ平和の像」が右翼団体の構成員に破壊された。

 初代遺族会長の故比嘉平信さんは「死者は2度殺された」と叫んだという。知花さんは今回「死者は3度殺された」と憤る。

 平和の像は遺族や金城さんらの共同作業で95年に復元された。

 沖縄本島中部の小学校で9年前、「集団自決」をテーマにした平和劇を上演しようとしたところ、「児童に演じさせるのは洗脳だ」などと上演中止を求める電話やメールが寄せられたことがあった。

 平和劇は実施されたが、歴史認識の違いを暴力で封じ込めようという風潮は、民主主義の危機にもつながる深刻な問題だ。

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 沖縄戦体験者が年々減少していく中、戦争遺跡としてのガマは平和学習の場として重要性が増している。チビチリガマにも毎年多くの修学旅行生らが訪れ、沖縄戦と向き合っている。

 母方の祖母ら5人が犠牲になった遺族会の與那覇徳雄会長は「より強い心を持ってチビチリガマの歴史を伝えていきたい」と語る。「集団自決」の史実を伝えることが使命と考えているからだ。

 今回の破壊が仮に「集団自決」の真実をゆがめようとする動きの中で起こったとしたら、犠牲者の尊厳を傷付け、ガマを中心に平和を訴え続けている人たちへの冒涜(ぼうとく)だ。