1人当たり県民所得や1世帯当たりの消費支出、高校進学率、大学進学率は全国最下位。一方、完全失業率や離職率、離婚率、母子世帯の割合、新規の高校・大学卒業者の無業者比率は全国一。

 県統計協会が発行する2014年版「100の指標からみた沖縄県のすがた」などから暮らしに関わる指標を拾った。全国一と最下位が目立つデータが示すのは、個人の努力だけでは乗り越えることができない厳しい現実である。

 中谷元・防衛相との9日の会談で翁長雄志知事が「他の都道府県のように子どもやお年寄り、まちづくりのために全力を尽くしたいが、基地に時間が割かれすぎる。知事になって約5カ月、仕事の8~9割は基地」と嘆く場面があった。だから「せめて事件が起きたときは、沖縄防衛局の方が県に出向くべきだ」と要求したのだ。

 大田昌秀氏や稲嶺恵一氏ら歴代知事も同じように「基地問題に時間をとられすぎる」と口にしていたことを思い出す。

 沖縄の最大の政治課題が基地問題であることは確かだ。しかし基地行政に忙殺されるあまり、子どもや暮らしの問題に十分向き合えないとしたら、これもまた基地あるゆえの問題である。

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 1986年3月、県の児童福祉施設等職員研究発表会で児童虐待に関する報告があり、大きなニュースになった。児童虐待防止法が施行される14年も前のことで、沖縄の深刻な状況に衝撃が走った。

 発表したのは当時、中央児童相談所の心理判定員だった山内優子さん(沖縄大学非常勤講師)。「頭全体が傷だらけで、その間に髪が生えているような子、アイロンでやけどを負わされた子などが次々と現れ調査を始めた」という。

 100件余りの事例を調べた結果、「保護の怠慢・拒否」というネグレクトが虐待の大半を占めたことも明らかになった。

 その後、女性相談所に勤務した山内さんは「夫の暴力や経済的理由から離婚した女性たちが、生活のために夜働く。子どもは親のいない夜を過ごし、朝起こしてくれる人もなく、ご飯もない。不安定な生活から不登校になったり、非行に走ったりする」ようなケースにいくつも遭遇した。

 家計や気持ちに余裕のない親が、安定した家庭を築くのは困難で、そのひずみが弱い子どもたちを直撃していたのだ。

 生活が苦しい人の割合を示す「相対的貧困率」は2012年時点で16・1%に上る。貧困に関する地域別のデータは少ないが、週刊東洋経済(4月11日号)の都道府県別貧困率推計によると、貧困率は沖縄が23・9%でワースト。2番目の大阪と4ポイント以上も開きがあった。 

 沖縄の貧困の根をたどっていくと、沖縄戦による荒廃と米軍統治下における法制度の空白や不備に行き着く。その二重苦を今も引きずる。

 例えば子どもの健全育成の拠点となる児童館、切実な課題を抱えた母子を支援する母子寮(母子生活支援施設)。児童福祉法に規定されたこれら施設が沖縄にできたのは復帰後である。児童福祉法は戦後いち早く1947年に制定されているが、沖縄の子どもたちの福祉は後回しにされてきた。

 県政の重要課題となっている待機児童の問題も、復帰前の保育政策の立ち遅れに起因している。

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 43年前のきょう、沖縄は日本に復帰した。

 復帰後、本土との格差を是正しようと始まった沖縄振興計画の中心は、社会資本の整備と産業振興だ。

 現在の改正沖縄振興特別措置法には「子育て支援に関する配慮」が盛り込まれているが、数々の指標が示す親子の困難をカバーするには不十分である。

 自立経済に必要なのは何といっても人材。将来を切り開く子どもたちは、沖縄の財産である。

 子どもへの視点が乏しかった沖縄振興策の反省とともに、例え貧困であっても未来に希望を持ち健やかに育つよう、子どもに特化した「未来振興計画」が必要だ。