70年前、沖縄戦の激戦地となった現在の那覇市おもろまちの安里配水池一帯、通称「シュガーローフ」で16日、慰霊祭が執り行われた。シュガーローフの会の具志堅青鳥代表(75)は「ここで多数の犠牲者が出たことを忘れてはならない」と、約30人の参加者に呼び掛けた。

慰霊祭で戦没者に黙とうをする参加者=16日、那覇市の安里配水池前

 シュガーローフは「慶良間チージ」と呼ばれる丘の米軍側の呼称。首里の日本軍司令部を守る最後のとりでと位置付けられ、1945年5月12日から18日まで、日米が激しい攻防を繰り広げた。米軍はこの一帯で死傷者2662人と、極度の精神疲労者1289人を出した。日本軍や住民も多数の死者を出したが、人数は明らかになっていない。

 7回目となる慰霊祭で、会の具志堅代表は「この一帯は戦前、月桃の花が美しく咲き誇っていた」と説明。ムーチーや月桃の花を供え、参加者と手を合わせた。続くあいさつでは「市内は開発によって戦跡が見えなくなってきている」と危機感を表明。「風化させないための唯一の方法は、毎年慰霊祭を続けることだ」と力を込めた。

 ミュージシャンの海勢頭豊さん(71)は、自身の曲「月桃」などを披露。「ここは地獄の戦場だったと聞く。精いっぱい気持ちを込めて歌わせてもらった」。参加者も声を合わせ、戦没者を弔った。