1945年5月12日から18日まであった日米の激闘。現在の那覇市おもろまち一帯の丘陵地は首里防衛の西の要衝として、日本軍が安里五二高地、米軍がシュガーローフと呼んだ第32軍の日本軍陣地があり、独立混成第44旅団配下の部隊が米国の第6海兵師団を迎え撃った。頂上の争奪が何度も繰り返される激戦の末、米軍が制圧。学徒隊・住民を含め多数が犠牲になり、米軍も死者2662人と1289人の精神疲労者を出した。この敗戦でさらに窮地に立たされた第32軍司令部は5月27日、南部へ撤退、住民を巻き込んだ持久戦が6月末まで続いた。

那覇市安里の高台、米軍がシュガーローフ・ヒルと呼んだ激戦地近くで遺棄されていた日本軍の高射機関砲

那覇市安里の高台、米軍がシュガーローフ・ヒルと呼んだ激戦地近くで遺棄されていた日本軍の高射機関砲