近年、沖縄と台湾のビジネス交流が加速している。

沖縄と台湾企業の交流促進で覚書を交わした(左から)県工業連合会の呉屋守章会長、台日商務交流協進会の江理事長、南西地域産業活性化センターの石嶺伝一郎会長=2016年6月17日、台北国際会議センター

 昨年6月、台北国際会議センター。台日商務交流協進会は、沖縄の県工業連合会や南西地域産業活性化センターと、企業の交流促進で連携する覚書を交わした。

 「製造業を軸に異業種にも交流の幅を広げ、台湾・沖縄のネットワークを広げたい」。協進会の江丙坤理事長はこう述べ、連携の深化と成果に期待を込めた。

 この締結式の後、沖縄、台湾の外郭団体や業界団体、企業などの間では、少なくとも六つの覚書が交わされた。

 今年に入って義肢装具の開発・販売を手掛ける佐喜眞義肢が台湾企業2社と販売代理店契約を結んだほか、パン製造大手のオキコと台湾ファミリーマートによる新会社の製パン工場が稼働するなど、具体的な動きが相次ぐ。

 成長するアジアの活力を取り込む「アジア経済戦略」を掲げる県も今春、翁長雄志知事がトップセールスで台湾を訪問するなど、関係強化に努める。

 「台湾とは兄弟のような関係だ」。知事は折に触れてこう語る。距離が近く気候が似ているだけではなく、そこには歴史的な経緯も踏まえた親近感がある。

 県内のパイン産業は1935年、日本の統治下にあった台湾から石垣島の名蔵・嵩田一帯に入植した約60世帯、330人の農家が導入した。水牛を用いた農耕でも技術革新をもたらした。戦後の米軍統治下でもパイン缶の製造技術者やコック、貿易駐在員など多くの人々が台湾から沖縄に渡った。

 琉球華僑総会の張本光輝会長もその一人。68年ごろ、先に沖縄で貿易事業を手掛けていた家族に呼び寄せられ、米軍の余った物資や機材、スクラップを輸出する仕事に携わった。その後、自身で土木関連企業を興し、沖縄に根を張ってきた。張本さんは「沖縄の人々のおかげで発展できた」と振り返る。

 あれから約半世紀がたち、沖縄と台湾の絆をあらためて感じている。3月末、県内で妊娠7カ月の早産で出産した台湾人観光客の医療費を賄うため、琉球華僑総会が寄付を呼び掛けたところ、約2カ月で2千万円以上集まった。張本会長は「多くが沖縄からの寄付。県民の思い、温かさは変わらない」と感謝する。

 県が2015年末に実施した県民意識調査で、台湾に対する印象は「良い」「どちらかといえば良い」を合わせると73・1%となり、4年連続で7割を超えた。(政経部・島袋晋作)

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 沖縄タイムス社と琉球台湾商工協会、台湾観光局/台湾観光協会大阪事務所は「美麗宝島との出会い『台湾フェア』2017in沖縄〜まるごと台湾鉄道の旅・観光・物産・グルメ〜」を21〜23日、那覇市久茂地のタイムスビルで開催する。開幕を前に、台湾−沖縄の交流の姿を追う。