【サイパン25日=島袋晋作】サイパン島で開かれた全南洋群島沖縄県人戦没者慰霊祭に、車いすで参列した嘉手納町の平良正子さん(81)。2年前に足を悪くし、諦めかけた渡航だったが、夫や子どもたちの後押しでかなった。

おきなわの塔に手作りのサーターアンダギーを供える平良正子さん=サイパン島

 71年前、住んでいたサイパン島の北村から北部方面に追い詰められた。水をくみに行った父は帰らぬまま。母は幼い妹と海に飛び込んだらしく、陸に揚げられた後、米軍の病院で間もなく亡くなった。

 母の最期に立ち会ったが、当時は涙も出ず、ただただぼうぜんとしていたという。70歳を過ぎたころから両親の無念に思いをはせるようになった。「どんなに苦しかったかねー」。

 この日は自宅でこしらえたというサーターアンダギーを持参。祭壇に供えるとき、目に涙をためた。

 慰霊祭終了後は、当時追い詰められた住民らが身を投じたバンザイクリフ近くにある「北村の碑」も訪ねた。母が飛び込んだかもしれない海に向かって手を合わせ、心の中でこうつぶやいた。

 「こんなに素晴らしい子どもたちを育てさせてくれて、ありがとうございます」