太平洋戦争期に日本が掲げた、日本のアジア侵略を正当化するためのスローガン。欧米勢力の植民地支配に代わり、東南アジア諸国に日本を盟主とする共存共栄の新秩序樹立を目指していた。第2次近衛文麿内閣時の外務大臣松岡洋右の談話に由来するといわれ、1940年ごろから45年の敗戦まで唱えられた。41年12月、東条英機内閣は支那事変(日中戦争)を含めた「大東亜戦争」の呼称を閣議決定。大東亜共栄圏の建設が戦争の目的とされた。戦後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の下、「太平洋戦争」と呼ばれるのが一般的になった。

「少年鉄血勤皇隊」と「少女ひめゆり学徒隊」の文字が無断刻銘された大東亜聖戦大碑=金沢市・石川護国神社

「少年鉄血勤皇隊」と「少女ひめゆり学徒隊」の文字が無断刻銘された大東亜聖戦大碑=金沢市・石川護国神社