2007年の9・29県民大会には保革の区別なく11万6千人が結集した。発端は沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」は、日本軍(皇軍)による「強制」や、事実上の「軍命」によるものとの記述が、検定で削除されたことだった。 もともと「集団自決」の記述を要求したのは検定官の側だった。