春から2度目の北部勤務をしている。14年ぶりになる。その間、お世話になった首長2人が亡くなった。やんばるの土地に立ち、匂いをかぐと思い出すことが多い

 ▼元名護市長の岸本建男さん(2006年没)。経済界に支えられて当選したが、基地に反対する一坪反戦地主会を退会しようとしなかった。美学と意地があった

 ▼なかなか会えない岸本さんに代わり、裏事情を解説してくれたのが前東村長の宮城茂さん(12年没)だった。カラオケで、誰も知らないイタリア共産党の党歌を原語で歌い「天皇陛下万歳」で締めた。やはり屈折があった

 ▼東京出身の私は当時20代半ば。沖縄も社会常識も知らない記者に、2人とも付き合ってくださった。記事に書かれたら自身が困ることを、なぜか話してくれる度量があった

 ▼1999年、岸本さんは苦しみながら米軍普天間飛行場の移設を受け入れた。宮城さんはそれを支えた。批判を浴びながら、地元の利益最大化のため「本音発言」を続けた。どちらも望んで演じた役回りではない

 ▼政府は今、新基地建設の根拠の一つに「99年の名護市長同意」を挙げる。当時同意したのが今より沖合の別案で、後に政府自身が破棄したことをよく知りながら、歴史を歪曲(わいきょく)している。それはぎりぎりのところで政府に協力し、没した人々への冒涜(ぼうとく)でもある。(阿部岳)