【浦添】昔ながらの商店が立ち並ぶ屋富祖通りで、60年の歴史を持つ宮城商店が30日、店じまいする。閉店を目前に控えた商店には「さみしい」と惜しむ声や「長い間、お疲れさま」とねぎらいの言葉を掛ける常連客が後を絶たない。(浦添西原担当・伊禮由紀子)

人気メニューのジューシーのおにぎりを手にレジに立つ宮城キク子さん=29日、浦添市屋富祖「宮城商店」

 宮城商店は1957年、キャンプ・キンザーで働く軍作業員が多く行き交った屋富祖通りに宮城キク子さん(86)がオープン。約35年前からは三男の秀輝さん(58)と店を営み、ジューシーやエビフライなどの総菜やたばこ、インスタント食品などを求め、24時間、地域の常連客や飲み屋の従業員らでにぎわっていた。

 閉店するとのうわさを聞きつけて店を訪ねた常連の為村藤雄さん(58)は「近くで飲んだ後に店へ立ち寄って、棒アイスの当たりくじが出るまで買って食べたなぁ」と思い出を振り返った。中学校入学前から足しげく通ったという。

 鶏肉をジャガイモで包んだブラジルコロッケを家族で店に36年間卸していた佐敷みどりさん(41)は「総菜もずっと変わらない味。寂しくなる」と惜しんだ。

 60年間、全てが順風満帆ではなかった。キク子さんが体調を崩した時は店じまいも考えたが、高校卒業後に就職していた秀輝さんが仕事を辞め、店を手伝うことを決断。それ以降、秀輝さんのお手製総菜が看板メニューになった。

 「かあちゃん、目が点滅してきてるよ。電池切れじゃないか」。早朝から夕方まで店に立つ母の体を気遣う親子の絆が店を支えた。

 生まれつき脳性まひの障がいがあり、熊本県の施設に入居する次男(60)がいるというキク子さん。「まだ元気なうちに店を引退して、息子との面会のために健康な体を維持したい」と閉店の理由を語った。屋富祖通りと共に歩んだ60年間を振り返り、穏やかな表情で言葉を残した。「地域の皆さんに惜しまれながら最後を迎えられて幸せです」