全国にあった軍事行政機関の一つで、1918年に沖縄警備隊司令部から改称。現在の那覇市松山に事務所があり、徴兵や動員、在郷軍人の指導練成などを取り扱った。沖縄は徴兵忌避者が多かったため、民間への軍事思想の普及や中学校の合同演習なども担った。44年夏には各市町村の兵事主任を集め、兵籍簿に登録されていない第2国民兵を兵籍に編入した名簿を作成。「待命令状」を交付し、根こそぎ動員態勢を整えた。