ポカンと浮かぶ月が、夜空を淡く照らす。孤独でやさしい姿に、画集をめくる手が止まった。昨年77歳で亡くなった画家、宮城晴子さんの作品「秋月」

 ▼歩みを知って、驚いた。文字通り絵にささげた人生。定職に就かず、独身を貫いた。名護市東海岸、嘉陽の実家で、ひとりキャンバスに向かった。月は、そんな宮城さんの自画像なのかもしれない

 ▼「縛られては描けない」「縛られない自由がどれほど厳しいものか」。同じ嘉陽出身で7歳下の稲嶺安子さん(71)は、よく聞かされたという。孤独を引き受ける強さ、澄んだ心の境地も、月に映っているようだ

 ▼生活は苦しく、キャンバスが買えなかった。それでも描きたい衝動を抑えられない。作品をつぶし、その上に新しい絵を描いた。公募展の入賞作が消えかけたこともあった

 ▼生前はほぼ無名だった田中一村と重ねる人もいる。いとこで元琉球大教授の故宮城悦二郎さんは「夕鶴のおつうが自分の羽根をむしり採って美しい布を織ったよう」と評した

 ▼名護十字路のレストランで、追悼展が開かれている。実行委員から「夕鶴のおつう」の話を聞き、「牛汁のおつゆ?」と聞き返してしまったのは汗顔の至り。でも、宮城さんの絵に囲まれた空間は、権威や緊張とは無縁だ。失敗も笑って許してもらえそうな素朴な温かさがある。(阿部岳)