沖縄戦最大の激戦地、糸満市米須にできた県内で最初の慰霊塔。終戦翌年の1946年2月、農地開墾のため米軍に米須へ移動させられた旧真和志村の金城和信村長と村民たちが、米軍の許可を取り各地に散在していた遺骨を集めて建立した。当初は約3万5千柱をまつっていたが、大半は79年に同市摩文仁に完成した国立戦没者墓苑へ移された。「ひゆめりの塔」や「健児の塔」のルーツとされ、軍民、国籍を問わず犠牲者を慰霊する精神は「平和の礎」にも引き継がれた。6月23日の慰霊の日には、遺骨が戻らない戦死者の遺族たちが訪れ、手を合わせる。

慰霊の日、遺骨が戻らない多くの遺族が花とお茶を手向けて祈る=糸満市米須・魂魄の塔