真和志村真地(現那覇市)の地元で「四方地の壕(シッポウジヌガマ)」と呼ばれる洞窟を拡張、整備した壕。1945年3月から、荒井退造警察部長らが使い、4月25日には島田叡(あきら)知事らが移動してきた。第32軍が出した南部撤退の方針に対し4月27日、南部市町村長17人と県、軍の首脳らが合同会議を開き、敵対心の高揚や避難民の受け入れ、食料増産などを決定。これが戦中最後の市町村長会議となった。32軍の撤退に伴い県庁・警察部壕の人々も摩文仁へ。現在は遺構保護のため、那覇市が入り口を施錠しているが、見学は可能。

県知事や警察部長が身を潜めた県庁壕について説明を受ける遺族ら=那覇市真地

県知事や警察部長が身を潜めた県庁壕について説明を受ける遺族ら=那覇市真地