伊江島出身の並里千枝子さん(80)が沖縄戦を語る姿を本紙が最初に紹介したのは5年前。紙面を通して知った彼女の証言を、先日初めてじかに聞いた

▼1時間半かけ旧日本軍の駐屯、米軍の上陸、島内の戦闘終結まで。壕の中、百を超える死体にたかるウジ虫が動く様を「白い波のようだった」と表現した。真に迫った語りは映像を見ているようだった

▼9歳のころの体験だが、70年の時を経ても昨日のことのようにまぶたに浮かぶという。証言の後、戦争を思い出した数日間は必ず夜中に目を覚まし、激しい嘔(おう)吐(と)と下痢を繰り返すのだと打ち明けてくれた

▼それを聞いて目の前の並里さんのにこやかな表情と、内なる苦しみの落差に思わず言葉を失った。いわゆる「戦争PTSD」の実態をほとんど理解していなかったことにこの時、気付いた

▼混迷極める国会の安保法制審議でもPTSDへの理解の乏しさを露呈する場面があった。中谷元・防衛相は海外活動拡大による自衛隊員の発症リスクに言及したものの「健康管理を万全にする」と答弁した

▼2001年から09年まで海外派遣された自衛隊員のうち50人超が自殺した事実と併せれば健康管理をすれば済む話ではない。今もなお我が身を削りながら語り続ける並里さんに比べ、国会で語られる戦争の軽さが恐ろしくなった。(黒島美奈子)