私は午前6時56分のバスに乗り、豊見城市は保栄茂(びん)にいた。

 

 齢35の時に2年もかけて運転免許を取ったにもかかわらず、へなちょこメンタルのおかげでびびりまくって運転ができないので、もっぱらバスで県内あちこちを渡り訪ね歩いている。

 「ほえも」と書いて「びん」。なぜそう読むかは、えーっと、さておき(自分で調べてね)、約束の8時よりも30分以上早く到着し、思っていたよりものどかな保栄茂と呼ばれる地域をひとりてくてく歩いた。

 あの辺りだなと思った視線の先にあるのは亀浜製麺所。沖縄そばの歴史を知って、ただ食べに行くだけでは飽き足らず、とうとう製麺所までやってきた。われながらえらい「そば熱」だなあと感心したり、あきれたり。ひとごとのような気分でそんな自分を見つめている。

 

 製麺所の朝は早く、午前6時から日々この場所で麺は作られている。

 出迎えてくれた副代表の亀濱隆志さんは、やさしい笑顔とスターウォーズのトレーナーで、私の心を一撃で捉え離してくれない。入り口で見学用の服に着替え、忙しい時間にもかかわらず実際に製麺所内へ案内してくれる。

 「写真も撮ってくださいねー」と至れり尽くせりの対応に人見知りの私も緊張が解け、製麺風景にテンションが上がる。

 

 撹拌(かくはん)された小麦粉が伸ばされ、熟成させたものを機械がカットする様子。カットされた麺をゆがき、油でコーティングする光景。どの瞬間もこの場所では日常だが、私にとってはすべて新鮮で浮き立つ心を抑えられず、シャッターを切る手も止まらない。そんな私を見守りながら、亀濱さんは隣で解説してくれる。

 

 ただの粉、もとい小麦粉から麺になる美しい工程を目の当たりにして、今まで生きてきた中で出合った数々の亀浜製麺所の麺を思い出していた。あっさりとした出汁の邪魔はしないがコシのある細麺、ちぢれはなく素直な印象の麺は、こうやって作られていたのだ。

 ひと通り工程を見せてもらい、テンションも上がって満足した私は、来た時よりは饒舌に亀濱さんにお話をうかがった。

 亀濱さんは午前4時ごろから下準備をして9時ごろまでは麺作りや事務をこなし、その後は配達に回る。

 

 現在、亀濱さんのお父さんが3代目を務める亀浜製麺所は、創業70年を誇る。もともとは那覇市辻で半世紀以上、現在の豊見城市保栄茂に来てからは10年ちょっとがたったそうだ。

 平日は2~3千食分ほど、定休日前の土曜はその倍を作っている。北は北海道から南は沖縄の石垣島や慶良間諸島まで130もの地域に卸しているそうだ。

 たくさんの人に愛される麺を20人余りで日々同じ工程を経て作り続けている。そば屋以外にも学校や保育園、消防署にも卸し、学園祭などでも使われているというのが個人的には驚きであり、学校などの身近な場所でも愛されている証しと感じられてうれしくもあった。ちなみに今年は与勝、昭和薬科大付属、豊見城南、沖尚、嘉手納高校の学園祭で使われたという。

 老いも若きも、そば屋以外の場所でもこの麺をすすっているわけだ。

 訪ねる前から気になっていた質問を、失礼だったらと思い少し小さめの声で聞いてみた。

 「なぜちぢれ麺ではないのでしょうか?」

 その問いにも亀濱さんはにこにこと答えてくれる。

 「うちの麺がちぢれ麺でないのではなく、もともと麺類というのは平麺なんです。ちぢれ麺は寝ぐせのような感じで、わざと工程の中で癖をつけることによってスープが絡みやすくなるのです。だからちぢれ麺を使っているお店は、スープが濃いめの所が多いと思いますよ」

 

 たしかに! ソーキがあじくーたー(味が濃い)だったり、スープの豚骨風味が強かったり、ちぢれ麺を使ったお店は、麺と出汁双方の個性が強かった印象がよみがえった。

 それと同時に、亀浜製麺所の麺を使ったお店はかつおベースの出汁のさっぱりあっさりとしたお味のお店が多かったことも思い出す。

 またひとつ、たまき(筆者)の沖縄そばデータベースに情報が保存された。

 そう、私はただそばをたくさん食べて体重を増やしただけの女では終わらないのだ。

 亀濱さんは何を聞いてもこちらのほしい答えの倍は説明をしてくれる。朝からこんなに人当たりがいいって尊敬の域だなあと感心しまくった。低血圧で寝起きが悪く、朝起きるのがつらいしかない私だがこれからはもっと朝もご機嫌な人になろうと少しだけ改心した。

 

 もちろん亀浜製麺所でもそばを販売しており、500グラム195円で1袋から誰でも買うことができる。できたての麺を製麺所で直接買って帰りたいけれど、家でうまく作れた試しがない私は亀濱さんにそれとなく尋ねた。

 「自宅でおいしく食べる方法ってありますか? ちなみに出汁を豚骨から取るとかはナシで、それ以外の方法…すなわちスーパーで市販の出汁を使った場合のおいしく食べるコツとかって…」と。手抜きするからおいしくなるわけないじゃんって答えられるかもー、愚問だったよなー、と反省しつつ亀濱さんをチラリと見る。

約4秒と書いてあります

 すると、ここでも笑顔で「まずひとつ言えるのは、麺をゆがきすぎています。麺は基本もうできあがっている状態なので、表面をコーティングしている油が気になるか気にならないかだけの問題なんですけど。ゆがくとしたら、2秒です。ここ重要なポイントですが、5秒以上ゆがくともう終わりです。お湯をざっと通す(5秒以内)だけでいいんです。そして水はしっかり切ること。これが一番大事なことです」と丁寧に教えてくれた。

 なるほど確かに麺は今まで油を落としたいという思いから、がっつりゆがいた記憶があった。まずはあれがダメだったと敗因が分かった上に、改善点も見つかったことで希望の光が少しだけ遠くに見える。

 しかし、まだもうひとつ立ちはだかる壁が残っている。そう、出汁問題だ。麺のことをこれだけ教えてもらっただけにおこがましいと思いつつも、「亀浜製麺所の麺を買って家で食べる場合は、どんな出汁と合わせたらいいですか? 骨から出汁を取るとかは無理です」。

 ここまできたら何が何でも、(できるだけ手間をかけず)家でもおいしく沖縄そばを食べたい。ひたすらそこに心が向かう。

 それでも表情を曇らせることなく、亀濱さんはまるで仏さまのように「市販の濃縮タイプは扱いづらいので、ストレートタイプがお勧めです。サン食品さんのストレートかつお出汁がうちの麺とは合いますよ。サン食品さんとは仲がいいんです」と麺と相性のいい出汁情報をしっかりと教えてくれた。

 これはありがたい。そして実際に家でもやってみたい! と麺のポイントと出汁の情報を脳内のたまき沖縄そばデータベースにすぐさま上書き保存し、もう今すぐにでも家に帰って試したい気持ちが収まらなくて、この辺りから落ち着きがなくなる。

 

 買った後は冷蔵だと賞味期限は5日ほどだが、冷凍だと3カ月は持ち、そのまま使えるので購入して冷凍保存しておけば、家でもおいしいそばを好きな時に食べることができる。

 ちなみに亀浜製麺所の麺は県内のコープで取り扱いがあるとのこと。もちろん製麺所に直接買いに来る人もおり、その日家族で食べる用にと1袋だけを購入する方もいるとのことで、近くを通りかかった際はぜひ製麺所の雰囲気を感じながら直接購入することを私は強くお勧めしたい。

 地図はこちら

 帰り際、どうしてもスターウォーズのトレーナー姿の亀濱さんの写真を撮りたくてお願いするも、「恥ずかしいから小栗旬の写真でも載せてください」とはにかんで断る姿に最後まで癒やされた。

 そんな人が作った麺だからおいしいのは間違いないのだ。

 

 沖縄そば29杯スタンプラリーにも登場した亀浜製麺所の麺ができる工程をこの目で確かめ、家でおいしく食べる方法を亀濱さんに直々に伝授してもらい、亀浜製麺所の麺も手に入れた私は、めったにしない5時起きもたまにはいいもんだと、保栄茂からの帰り道の足取りは軽かった。

 そして、同じ日の午後2時。