厨房では店主である旦那さんがスープを作っている様子で、その手前に奥さんがスタンバイしている。

 券売機に向かう私の方を振り返るが、ぜんざいなどを注文すると思ったのかもしれない。ところが、だ。私は迷いなく今度は「親子小盛420円」と書かれたボタンを押した。

 さっき三枚肉そばを食べながら眺めたメニューによると「鶏もも肉と玉子にゴマ風味」と書いてあった。

 そう、私は無類の卵好きなのだ。卵はおろか、鶏肉にも裏切られたことがない。この親子コンビへの信頼は厚く、私を幸せの彼方へ導いてくれるに違いない!と夢をのせた券を奥さんに手渡す。

 「あっさりでお願いします」そう言った私に、(まさかや、さっき三枚肉そば小とジューシー食べたのに??)と言いたげな表情で「大丈夫?」と言いながらほほ笑んでくれた。
大丈夫の奥の方には(食べれるの?)も含まれているだろう。ええ食べれますとも、楽しみにしてますともと思いながら席に戻る。

 ほんの少し待ったところで親子小盛は運ばれてきた。先ほどの空になったおわんセットと引き換えに、親子小盛を受け取る。これまた目にも美しく、卵も鶏肉も細い自家製麺もそこにスタンバイしている。

親子小盛420円

 「あっさり」スープをひと口すする。あっさりの解説は「豚骨、鶏骨の出汁と昆布・鰹・鰯の出汁を同量合わせ、浮き脂を少なくしました」とメニューにあった。

 鶏肉の上品なお味と細麺の歯ごたえにあっさりというよりさっぱりとしたスープが寄り添い、食欲がまた湧き上がった。そばを食べに来たのだが、ラーメンもうまい。あなた(沖縄そば)のことも好き、でも君(ラーメン)のことも好き…そんなどっちを選んでいいかわからない、女心と秋の空のごとく移り気な心を抱えてひとり悩む。

 そうしている間にも、ラーメンのおわんの中はスープ一滴も残らず空になった。

 

 食べ終えて少し心に落ち着きを取り戻し、店主の安里弘明さんに話を聞いた。

 物静かな印象の安里さんだったが、私の質問には言葉を選びながらもまっすぐに答えてくれた。

 こちらのお店は与那原町で6年、松川で2年目ぐらいとのことで、安里さんご夫婦と安里さんのお兄さんとでお店を切り盛りしている。

 この日はお兄さんが麺を作っている様子も実際に覗くことができた。自家製麺はコシと弾力があるのが特徴で、麺の販売もしているのだそう。

 

 ラーメンと沖縄そばではやはり沖縄そばの方を食べるお客さんが多いとのことで、「どちらがおいしかったですか?」と聞かれ、悩みに悩んで私も三枚肉そばにジャッジを下した。その時の安里さんが心なしか残念そうな表情をしたので、ラーメンも同じぐらい力を入れているのだろう。

 お店のこだわりは、化学調味料をなるべく使わず塩のみを使用しているとのこと。食べ終えた後も確かに胃もたれもなければ、のどの渇きもなかった。

 麺はそば用とラーメン用で2種類作っているそうだが、スープのベースは一緒でラーメンの場合はネギ油を加えている。「あっさり」と「とろこく」の2種類のスープは、丸1日かけてじっくり煮込んで作り上げているという。

 麺、スープ、紅ショウガどれひとつ妥協することなく、沖縄そばとラーメンそれぞれに合わせてひと手間もふた手間もかけて作り上げていることが、口数は少ないながらも安里さんから伝わってきた。

 帰り際、沖縄そばに勝利の旗を上げたにもかかわらず、ラーメンの鶏もも肉のお味が忘れられず、おいしかったことを伝えると、安里さんは「次は違う味もまた食べにきて」とその日初めての笑顔を見せ、奥さんとともに見送ってくれた。20種類近くメニューはあった。すでに次の来店時に何を食べるかで頭はいっぱいだ。

 

 自家製の硬めの麺の歯ごたえとともに、2種類のスープに沖縄そばとラーメン、それぞれ選べる楽しさも含め、「麺屋あん」を訪れてほしいと思う。そして私のように小盛りだからとそばもラーメンも両方を味わう欲張りな仲間たちが増えることを願う。

 住宅街を歩きながら、家路に向かう途中、ここ数日のことを思い出していた。

 食べる方からすると1杯の沖縄そば。そのたった1杯の向こうには、日々同じように麺を作り続ける人がいたり、こだわりとともに同じ1杯をたくさんの人に提供する人もいたりする。そしてその何気なく呼んでいた「沖縄そば」の名前を守り抜いた人もいるわけだ。専門店も増え、麺の種類も地域によって異なり、人それぞれ味の好みも違う。そんな奥深い沖縄そばの世界の住人に私はそろそろなりつつあった。

 その翌日、また沖縄そばが食べたくなった。