【東】沖縄戦中、県立農林学校の学徒10人が戦死した東村の福地ダム近くで22日、慰霊祭があり、10人の氏名の刻銘板が披露された。遺族ら90人余りが手を合わせた。

「県立農林学校隊最期の碑」に手を合わせる参加者=東村宮城

 南城市の小谷ヨシ子さん(90)は弟の平田清さん(当時1年)を亡くした。「4人きょうだいで残っているのは私だけ。ぜひとも拝まないといけない」と足を運んだ。那覇市の小児科医、安次嶺馨さん(72)は叔父の幸寿さん(当時3年)の最期の地を初めて訪れた。「やんばるで亡くなった、とだけ聞いていた。来られて良かった」

 鉄血勤皇隊農林隊として動員された学徒のうち、尚謙少尉と行動を共にした10人が亡くなったことは分かっていたが、名前ははっきりしなかった。同校出身の瀬名波榮喜・名桜大前学長が調査し、昨年建てた「県立農林学校隊最期の碑」に刻銘板を追加した。

 慰霊祭には後輩に当たる北部農林高校の生徒や職員も参加。生徒会の大城千佳会長は「二度と戦争が起きないよう、現実から目をそらさず未来の沖縄を見つめ直していきたい」とメッセージを読んだ。来年以降も学校代表が慰霊祭を続けるという。