慰霊の日の23日、糸満市の「平和の礎(いしじ)」や「魂魄(こんぱく)の塔」には、沖縄戦で亡くなった肉親や兄弟を偲(しの)んで、朝早くから多くの家族が訪れた。

 体験者の高齢化とともに、とりわけ目立ったのは、孫やひ孫の世代にあたる小・中学生の姿が例年にも増して多かった、ことである。

 戦後70年。沖縄戦体験者が急速に減った。沖縄戦をリアルに語れる人が周りにいなくなり、若い世代が沖縄戦を聞く機会がめっきり減った。

 沖縄戦が忘れ去られ、戦争で亡くなった肉親や兄弟のことが忘れられてしまったら、沖縄はこれから先、どのような社会になるのだろうか。

 沖縄が近い将来、直面するかもしれない危機は、体験者不在による「歴史喪失の危機」「沖縄らしさ喪失の危機」である。

 次の世代にどのようにバトンを託すか。社会全体で問題意識を共有することが急務だ。

 平和祈念公園で開かれた全戦没者追悼式は、安倍晋三首相に参列者からやじや抗議が浴びせられ、異様な空気に包まれた。

 名護市辺野古への新基地建設を強行する安倍首相への積もり積もった怒りや不満が、堰(せき)を切ったように一挙にあふれ出たのである。

 参列者だけではない。あいさつに立った沖縄側代表からも政府批判が相次いだ。

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 照屋苗子県遺族連合会会長は「米軍普天間飛行場の県外移設を熱望すると同時に、戦争につながる基地建設には遺族として断固反対する」と強い口調で注文をつけた。

 翁長雄志知事は「平和宣言」で、米軍再編計画に基づいて基地の整理縮小を進めても「米軍専用施設の全国に占める割合はわずか0・7%しか縮小されず、負担軽減とはほど遠い」と指摘し、「固定観念に縛られず、辺野古への移設作業を中止し、沖縄の基地負担軽減策を見直す」よう求めた。

 戦没者追悼式という公式の場で、喜納昌春県議会議長を含め沖縄側代表がそろって、現行計画に異議を唱えたのである。

 安倍首相は「基地負担軽減に全力を尽くす」と言いながら、沖縄側の疑問に正面から答えることができなかった。 「不幸な歴史を深く心に刻み、常に思いを致す」とか「沖縄が忍んだあまりにおびただしい犠牲」とか、沖縄に寄り添うようなことを言いながら、いかにも空々しく心に響くような内容ではなかった。

 参列者から「言葉が軽い」とのやじが飛んだのは当然だろう。

 県立与勝高校3年の知念捷(まさる)君は「みるく世がやゆら」という詩を朗読した。今は平和でしょうかという意味だ。

「みるく世がやゆら」という題が、詩の中で何度も繰り返される。

 「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」。

 いにしえの琉球人が詠んだ琉歌を朗々と読み上げると、ひときわ高い拍手が起こった。

 戦後70年の沖縄全戦没者追悼式は、辺野古への新基地建設と安保法制に対する県民の強い危機感が噴き出した異例の追悼式であった。

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 政府と国会は、国政に責任を持つ行政府、立法府として沖縄のこの現実を直視しなければならない。

 県民は全戦没者を追悼する公式の場で、新基地建設計画を明確に否定したのである。これ以上の意思表示はない。

 沖縄の民意に反して基地建設を強行すれば、日米関係に致命的な影響が及ぶだろう。 安倍政権には、異見を正面から受け止め、権力行使を抑制し、対話によって現状を打開するという姿勢がまったく感じられない。

 そのような強硬姿勢を取り続けたとき、どのような事態が起こるかは、今回の全戦没者追悼式を冷静に吟味すれば分かるはずである。

 政府は当事者である沖縄の声を聞く義務がある。義務さえ果たせない政府は統治能力を失ったか、専制政治に堕したか、そのどちらかである。監視役としての国会が真価を問われる局面でもある。