【竹富島=竹富】沖縄戦時に竹富島に駐屯した独立歩兵301大隊「大石隊」の犠牲者を弔う慰霊祭が23日、島内の寺院、喜宝院で開かれた。同隊の故・大石喬隊長は住民と良好な関係を築き、高知県出身者が多かったことから「高知竹富会」として戦後も長く交流を続けた。同日は大石さんの孫の大石宗さん(34)が参列し、「祖父の縁をつなぎ、今後も交流を続けたい」と語った。

大石喬さんの思い出話をする内盛さん(右)と大石さんの孫・宗さん=竹富町竹富

 大石隊約200人は高知県で編成され、1944年11月から約1年間、竹富島に駐屯した。

 軍部は八重山住民をマラリアがはびこる山間部に強制疎開させる命令を下したが、大石さんは旅団に掛け合い、竹富島は疎開を選択制にさせた。

 軍人が抜刀し、住民を強制疎開させた波照間島では島民の約3割の470人余がマラリアで命を落としたが、竹富では死者7人にとどまった。

 大石さんは2009年に99歳で他界。交流を続けた内盛スミさん(89)は慰霊祭に参列し、「部下の兵隊が島で悪さをしないように集落を見回り、夜は一緒に八重山民謡を歌ってくれるなど、軍人らしくない気さくな人だった」と人柄を振り返った。

 高知竹富会は竹富、高知、東京と毎年会場を変えて交流。宗さんは「米軍統治下で、島の人には戦没者の供養を続けていただき、祖父は感謝していた。寝ても覚めても竹富のことを考えていた祖父の思いを高知側でも広め、交流を広げていきたい」と語った。