「つぶされないでよ」。作家の百田尚樹氏が県内2紙を「つぶさないといけない」と発言してから、よく声を掛けられる

 ▼新聞は県民の声でできている。「2紙をつぶすというのは民意をつぶすのと同じだ」。こちらが圧倒されるくらい怒ってくれる人がいる。ライバルの2紙が異例の共同抗議声明を出したのも、個々の会社ではなく県民全体への侮辱だからだ

 ▼沖縄本島では戦後、10以上の新聞が生まれた。支配者である米軍の側に立つ新聞もあって、今の2紙が残った。つぶすかどうかは、権力者ではなく住民が決める

 ▼2紙の創刊時は米軍が検閲し、紙の供給も握っていた。当初、論調は遠慮がちだった。だが、事件・事故に怒る住民に背中を押され、不条理を告発できるようになった。言論の自由が、憲法と共に天から降ってきた本土とは違う。住民と新聞が一緒に、一歩ずつ、勝ち取ってきた

 ▼事件・事故などの基地被害は、思想信条で我慢できるものではない。拒否するのは生活者として当たり前だ。「沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている」と中傷した自民党の長尾敬衆院議員は、県連や支持者にも唾したに等しい

 ▼沖縄が思うままにならないからと、いら立ちをぶつけても逆効果でしかない。新聞も県民も変わらない。なぜ同じ愚を繰り返すのだろう。(阿部岳)