2017年(平成29年) 11月25日

沖縄空手

沖縄空手の伝統にこだわる フランスに渡り40年、30カ国超に門下生6000人

沖縄小林流空手道・古武道連盟ワールド王修会会長 知念賢祐氏(73)

 「プロの指導者として、沖縄空手を広めることを職業にしたい」-固い決意を胸に32歳で単身、フランス・パリに渡った若者は40年たった今、世界30カ国以上に200超の道場、6千人の門下生を抱える空手組織の長として指導の第一線に立ち続けている。沖縄小林流空手道・古武道連盟ワールド王修会会長の知念賢祐氏(73)。競技主体の空手の地盤がすでに築かれていた欧州で、沖縄の「伝統空手」のこだわりを前面に、地道にその技と神髄の普及に取り組んできた。(学芸部・座安あきの)

沖縄の伝統空手へのこだわりを語る知念賢祐氏=那覇市松尾

型の鍛錬で汗を流す知念賢祐氏=16日、那覇市松尾(崎浜秀也撮影)

海外の門下生に技を指導する知念賢祐氏=2016年11月、ポーランド(本人提供)

弟子の山田泰生さん(右)に稽古をつける知念賢祐氏=那覇市松尾

沖縄の伝統空手へのこだわりを語る知念賢祐氏=那覇市松尾 型の鍛錬で汗を流す知念賢祐氏=16日、那覇市松尾(崎浜秀也撮影) 海外の門下生に技を指導する知念賢祐氏=2016年11月、ポーランド(本人提供) 弟子の山田泰生さん(右)に稽古をつける知念賢祐氏=那覇市松尾

 伊江島の中学を卒業後、当時那覇市泊にあった沖縄水産高校で船乗りを目指した。体調を崩して船を下り、企業に就職したが、「熱しやすく冷めやすい性格。1年間で10回以上転職を繰り返すほど、忍耐力がなかった」と振り返る。

 仕事や人と合わない原因を相手に求めてばかりいたころ、友人の誘いで沖縄空手道小林流小林舘協会の故・仲里周五郎氏(県指定無形文化財保持者、1920年~2016年8月)の道場に通い始めた。19歳だった。「稽古を続けるうち、自分自身の至らなさを痛感した。空手だけは諦めないでプロとしてやっていこう」と心に決め、指導者となる目標を持った。

 独立の地として注目したのは当時、沖縄空手が知られていなかったヨーロッパ。その中でも「真ん中にあった」フランスを選んだ。言葉も分からず、知り合いもいない。持っていたのは「人にできるなら自分にもできるという自信だけだった」。現地では道場を開くために必要な国家資格を4年かけて取得。「自分の弱みとの闘い。不器用なところは人の何倍も時間をかけて努力をしようと、絶対引かない覚悟で向き合った」と振り返る。

 79年12月には「ワールド王修会」を発足した。欧州人の物事の理屈を先に理解した上で実践に入る特性を見極め、型や技を分解し、検証しながら説明する指導方法を確立。「伝統」に裏打ちされた技を通して、沖縄空手の哲学と思想を伝えることに腐心した。

 スポーツ大国のフランスには70年代、すでに日本本土から伝わった空手の地盤があり、国が競技空手を振興する動きもあった。だが、「いつか沖縄空手を広め、地盤をひっくり返そう」と見据え、周辺のベルギーやポーランド、カナダ、南米などにも積極的に出掛け、小人数からの指導に当たった。

 欧州ではこの10年ほどで沖縄が空手発祥の地として知られるようになった。東京オリンピック開催に向け、伝統空手の位置づけを問う議論が起こる現状に触れつつ、「採点が必要なスポーツとは異なり、伝統空手は鍛錬や調和などの思想・哲学を伝え、人を育てることが目標。改めて県内の指導者がその歴史と意義を確認し合うことが大切ではないか」と提言する。

 昨年3月には、那覇市松尾にワールド王修会の総本部を開設した。「『伝統』は、真摯(しんし)に向き合い、育て、新しい価値を加えなければ受け継がれない。世界各地に根ざした空手が、沖縄の文化としてさらに発展することを願っている」と拳を握った。

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