琉球高等検察庁の検事長として、1970年のコザ騒動の捜査の最高責任者だった弁護士の比嘉良仁(ひが・りょうじん)さんが4日午前4時ごろ、肺炎のため浦添市内の病院で死去した。100歳。本部町渡久地出身。自宅は宜野湾市宇地泊654。沖縄弁護士会の最高齢の会員。告別式は6日で、場所と時間は未定。喪主は長男の良博(よしひろ)さん。

比嘉良仁さん

 14年に生まれ、中央大学法学部卒業後、54年に琉球上訴検察庁の検事長に就任。68年に琉球高等検察庁となった以降も検事長を務め、本土復帰の72年まで在籍し、75年に沖縄弁護士会に入会した。

 高等検察庁検事長だった70年12月には、市民が米軍人らの車両約80台を焼き打ちにしたコザ騒動の捜査を指揮。騒動で琉球警察は騒乱罪の適用も視野に、82人を琉球検察に送致したが、「新たな暴動に発展する可能性もあった」として騒乱罪の適用を見送り、10人を凶器準備集合罪や放火で起訴した。