夏の強烈な日差しの下で始まった市民らの運動は、寒風吹きすさぶ冬を越して、再び炎天下での闘いとなった。

 辺野古新基地建設に反対する米軍キャンプ・シュワブ前での座り込みが7日、満1年を迎えた。

 昨年11月の知事選で翁長雄志氏が現職候補を10万票近い大差で破り、師走の衆院選で県内全選挙区で辺野古反対派が勝利した勢いは衰えていない。

 シュワブゲート前での監視と抗議の座り込みは、沖縄防衛局が普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けて、工事に着手した直後に始まった。  当初は参加者も少なく、心細い時期もあったというが、沖縄だけに基地を押し付ける差別的対応への怒りと、沖縄のことは沖縄が決めるという当事者意識の高まりが、仲間を増やしていった。

 新基地建設に反対する市民ネットワーク「島ぐるみ会議」が運行する辺野古行きバスには、6月末までに延べ1万1千人が乗車。島ぐるみ会議の市町村組織も次々と誕生し、その数は6月末時点で22に上る。

 今では連日100人以上が集まっている。

 ゲート前での座り込みや辺野古の海でのカヌー隊の体を張った行動を、島ぐるみ会議メンバーが支え、それを県と名護市が行政としてバックアップする。

 新基地建設に反対する市民らの運動は、これまでにない質と規模を備えた新たな民衆運動へと成長している。

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 那覇から約70キロ離れた現場へ向かい、路上の直接行動に加わるのは、強い思いと体力を必要とするが、この種の運動には無縁だった高齢者が「居ても立ってもいられなくて」と駆け付けるケースが目立つ。根っこにあるのは、戦争につながるものを拒否する沖縄戦体験だ。

 沖縄の文化や暮らしに深く根ざした運動スタイルも特徴である。「さんしんの日」には集会の合間に三線を奏で、「慰霊の日」には献花台を設けて手を合わせる。厳しい闘いではあっても、現場には歌や踊り、笑いがあふれている。1980年代までの組合中心、革新政党主導の運動にはなかった雰囲気だ。

 海外の著名人や国内の知識人が新基地建設反対に名を連ねるなど、運動のうねりは海を越える。活動費に充てる「辺野古基金」も4億円に迫る勢いで、すそ野の広がりを実感する。

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 この1年、抗議活動を続ける市民に対し、警察や海上保安庁の強権的な姿勢もあらわになった。悲しいのは沖縄出身の警官や保安官と市民がぶつかる場面である。民意を顧みない政治が人々を分断する。 

 県民は選挙や世論調査を通して、「辺野古ノー」の意思を何度も何度も示してきた。辺野古の現場で繰り広げられているのは民主主義に基づくまっとうな抵抗運動だ。

 間もなく翁長知事が前知事による埋め立て承認の取り消しや撤回を判断する。国が一番恐れているのは県民がまとまって反対することである。正念場の2年目に入った。