沖縄県と米国ハワイ州が1985年6月14日に姉妹都市を締結してから30周年を迎えた。ホノルル市で現地時間の10日(日本時間11日)、翁長雄志知事とデービッド・イゲ州知事が出席し記念式典が開かれる。115年前、海外移民から始まった両地域の交流は、幾多の困難に遭いながら幅広い分野で根付いている。国際情勢が複雑さを増す中、グローバリズムのあるべき姿としての関係を深めてほしい。

 今や世界中に40万人ともいわれる県系人。そのルーツは1900年1月8日にホノルルに降り立った沖縄初の海外移民26人にあった。日系移民から14年遅く、プランテーション(大規模農業)の契約労働者としての過酷な移民生活は、言葉や文化の違いから差別も生んだ。

 その困難下でも県系人は着実に根付いていった。戦前のハワイの養豚養鶏業の7割が県系経営者という統計からは、徐々に地域の信頼を獲得した県系人の足跡が見える。

 41年12月8日のハワイ真珠湾攻撃は、この努力を一瞬にして奪った。ある者は収容所へ送られ、別の者は米国への忠誠を示すため戦地へ赴いた。

 だが戦争の最中にも、ハワイと沖縄の絆が途絶えることはなかった。沖縄戦に出征した県系2世の比嘉太郎氏が古里の惨状を詳細に報告したことがきっかけで47年、ハワイ連合沖縄救済会が発足。灰じんに帰した沖縄へ繁殖用の豚550頭を送り、県民の飢えを救ったエピソードは今なお語り継がれている。

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 戦後ハワイによる支援は物資提供にとどまらない。文化・教育再興、医療者研修、人材育成など多岐にわたり、それらは、ハワイに定着し裾野を広げていった県系人の力によるところが大きかった。

 移民から復興支援を経て現在、沖縄とハワイは、大学や研究機関の連携、「沖縄ハワイ・クリーンエネルギー協力」など次世代の技術研究に手を取り始めている。

 30周年記念式典への出席に向けて翁長知事は、県立芸術大学とハワイ大学の連携を、しまくとぅば復興につなげたい考えを示すなど、両地域の結び付きは戦後70年を経てますます「深化(進化)」している。

 昨年11月、沖縄県出身の祖父母を持つイゲ氏の第8代ハワイ州知事当選は、そうした両地域の結束を加速させる出来事だ。

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 「万国津梁(しんりょう)」をうたう沖縄の共生力は、多様なルーツを持つ人々が集まるハワイでついに県系人の知事を輩出する力となった。新人で資金力のない自身の勝利を、イゲ氏は「草の根の力」と称し、米紙は「ハワイ史上初」と評した。

 知事就任時のあいさつで自身のルーツに触れたイゲ氏は、沖縄との関係強化に積極姿勢を示している。10月には初来県も予定されており、翁長知事との対話はすでに始まっている。

 友好の歴史を積み重ねてきた両地域なら、次世代に誇れる対話が可能だろう。6度目のウチナーンチュ大会を来年に控える今、沖縄とハワイ草の根交流の力に期待したい。