戦争が終わって70年たっても事あるごとに想起される「戦争の記憶」は、戦後日本にとって、平和国家という立ち位置を支える精神的な基盤だった。「戦争の記憶」が、二度と戦争を起こしてはならないという戦争否定の考えを生み育て、平和国家の土台を形成してきたのである。沖縄では特にそうだ。

 ひめゆり平和祈念資料館(島袋淑子館長)は、戦後70年の節目にあわせ、1995年以来20年ぶりに「戦跡巡り」を催した。

 ひめゆり学徒隊の足跡を実際の移動経路にあわせて追体験する企画である。元学徒のリアルな体験を現場で聞くことのできる数少ない機会だが、「体験者が一緒に回るのはこれが最後になるかもしれない」と島袋館長は言う。

 89年の資料館開館当初、元学徒の証言員は27人いた。高齢化で減り続け、今では10人に。「戦跡巡り」には8人の証言員が参加し、高齢化した彼女たちの負担を軽くするため、若い学芸員や説明員が手分けして説明にあたった。

 8人の証言員が短い自己紹介の中で共通に語ったのは、戦争を起こしてはならないというメッセージだった。

 「戦争になると人間が人間でなくなる」「戦争は自然現象ではありません」「戦争のない世の中にしてください」-活字にするといかにもありきたりな印象を与えるが、沖縄戦体験者が体験の意味を問い続けることによって最後にたどりついた言葉には、重い響きが伴う。

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 ひめゆり学徒隊に限らず、安全保障法案の国会審議や名護市辺野古の新基地建設など、最近の政治状況に対する戦争体験者の危機感は深い。

 衆院・特別委員会の沖縄地方参考人会で大田昌秀元知事は「沖縄の若い10代の生徒たちは何ら法的根拠もなく戦場にだされ、若い命を失ってしまった」と自らの体験を語り、戦争を知らない政治家にくぎを刺した。「いかに沖縄の人たちが沖縄戦で犠牲となったかについて、ぜひともご理解いただいた上で、基地問題を議論していただければ有り難い」。

 戦時中の作戦要務令に「軍の主とする所は戦闘なり、故に百事皆戦闘を以て基準とすべし」とある。安倍晋三首相は安保法案の審議で「国民の命を守る」ことを強調するが、「軍隊は民間人の命を守らないというのが沖縄戦の教訓」だと大田さんは指摘する。

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 数え10歳の時にサイパンで戦争を体験し、父母、姉、弟を失った沖縄市の元新聞記者・高里盛昭さんは最近、自身の戦争体験を冊子にまとめ、知り合いに配った。あとがきで高里さんは書いている。

 「戦争の実相はこんなものではない、と何度も思いながら筆を運んだ。戦争の残酷さは言葉やペンでは語り尽くせるものではない」「平和な暮らしを壊す過ちを、許してはならない」

 安保法案も新基地建設も今週から8月にかけてヤマ場を迎える。こういうときこそ、戦争の醜さを知る人々の心の叫びに耳を傾けたい。