強い日差しが照りつける中、7994人が駆け抜けた5日の尚巴志ハーフマラソン大会。同じ地名が縁で地元選手と県外選手が絆を強め、発足1年目の高校生チームが団結を深めた。沿道の大声援を力に変え、多くのランナーがゴールのアーチをくぐり抜けた。

「佐敷町」が縁で、本大会に初参加した「チーム芦北」の大島幸輔さん(左端)らメンバー=5日、南城市・シュガーホール

 2006年の合併前まであった旧佐敷町と同じ町名が、1954年まで存在した熊本県芦北町。その縁で、同町職員らでつくる「チーム芦北」のメンバー5人が大会に初めて参加した。昨年4月の熊本地震で途切れ掛けた交流が、互いのマラソン大会を機に復活。今後も、町名がゆえんの絆を強めていく。

 南城市と芦北町の交流は2014年から始まった。16年、市の観月会に町を招待したが、熊本地震の発生で実現しなかった。チーム芦北の大島幸輔さん(33)は「震災の混乱で、しばらくは交流も途絶えるかと思っていた」と振り返る。

 だが、3月に同町で開かれた芦北うたせマラソンに市佐敷の市民らでつくる「さしき健走会」(當間嗣朝会長)の15人が出場し、大歓迎を受けた。健走会は町内を巡り、「佐敷小学校」「佐敷城跡」を見つけては喜んだという。

 大会後の交流会で、當間会長は「ぜひ尚巴志ハーフにも出場してほしい」と町に要望。それを受け、町職員でチーム芦北をつくり、大会出場を果たした。

 ハーフを完走した芦北の池田高太さん(24)は「同じ『佐敷町』を見てみたいと思って参加した。暑かったが海風が涼しく、景色も楽しめた」とにっこり。琉大に通っていたという江口佑人さん(29)は「沖縄の友だちに当時、熊本にも『佐敷』があるよと話していた」と笑顔で話した。

 當間会長は「先の大戦では、佐敷の学童の多くが熊本に疎開した。縁をさらに広げ、世代を超えた多くの交流が生まれてほしい」と願った。