2017年(平成29年) 12月11日

沖縄空手

「相手傷つけず、無抵抗に」教え胸に 本部御殿手「王家秘伝」の技

【連載・空手と私】宮城鷹夫さん(94)全沖縄空手古武道連合会最高顧問 本部御殿手範士九段

 全沖縄空手古武道連合会最高顧問で、沖縄県南部連合文化協会名誉会長の宮城鷹夫さん(94)=南城市=は、33歳の時、「舞と武」の研究会を開いていた故上原清吉氏の道場に足を運んだのがきっかけで本格的に武術を習い始めた。本部御殿手範士九段の顔を持つ。習得した「王家秘伝」のその技は、体の線を柔らかく保ちながら、流れるようにして相手を倒していくという。「(古典舞踊)女踊の中に武術がある」と魅力を語る。

「居合白羽取り」の稽古をする宮城鷹夫氏(左)=1973年ごろ、中城城跡(同氏提供)

仕込みづえを抜刀する宮城鷹夫氏=8日、南城市佐敷の自宅(金城健太撮影)

本部御殿手について語る宮城鷹夫氏=8日、南城市佐敷の自宅

「居合白羽取り」の稽古をする宮城鷹夫氏(左)=1973年ごろ、中城城跡(同氏提供) 仕込みづえを抜刀する宮城鷹夫氏=8日、南城市佐敷の自宅(金城健太撮影) 本部御殿手について語る宮城鷹夫氏=8日、南城市佐敷の自宅

 94歳にして今もなお、かくしゃくとしている宮城さんだが、意外にも「小学生の頃は弱い子でいじめられていた」と話す。反逆心はなかったが、中学では柔道部に所属し、少年時代の3年間は、剛柔流の宮城長順氏(1888〜1953年)の道場に通った。43年に台湾へ渡ってからは、中国拳法を習った。台北師範学校本科を卒業後、教鞭(きょうべん)をとった宮城さん。戦後沖縄に戻り教員を続け、米国民政府情報教育部新聞科を経て、沖縄タイムス記者として故豊平良顕氏の下、当時重要視されていなかった琉球舞踊を押し上げる活動に力を注いだ。本部御殿手との出合いはその頃だ。

 宮城さんは、本部御殿手十二代宗家、上原清吉氏(1904〜2004年)の道場、宜野湾市大謝名の「聖道館」に33歳で入門した。「現職時代はひそかに通っていた」と話す。週3日の稽古は、時に砂浜や野原など、屋外で修練を重ねた。「上原先生は、大きな声で怒鳴ることはなかったが、技に関しては厳しかった。特別な人にしか教えない“秘伝武術”を授かった時は緊張した」と振り返る。

 華麗に相手の攻撃をさばき、同時に技を決める御殿手は、王家の身を守るために生まれた。本部流の武器は、槍(やり)や刀、杖(つえ)など多種多様だが、身近にあるのは全て武器になる。また、琉球舞踊の「拝み手、祈り手、こねり手」が基本となり、全て実戦につながる武術だという。宮城さんは「『空手は先手なし』というが、御殿手は同時手」と説明。「相手を傷つけず、無抵抗にする。傷つけてうらみを買うのは真の武とは言わない」と上原氏の教えを引き継ぐ。

 09年に全沖縄空手古武道連合会最高顧問に選任された宮城さんは、今年度の沖縄県功労者(文化・学術)にも選ばれた。今後の空手との関わりについて、「武術教士の集まりに呼ばれたら行くが、年寄りが出しゃばってはいけない」と謙遜し、第一線で活躍する後輩たちを静かに見守る。(新城有希子通信員)

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