県祖国復帰協議会(復帰協)事務局長として、復帰運動に力を注いだ、仲宗根悟(なかそね・さとる)さんが25日午後5時25分、内臓機能の低下のため自宅で死去した。88歳。沖縄市美里出身。告別式は28日午後3時から4時、沖縄市倉敷111の5、沖縄葬斎場で。自宅は沖縄市美里3の9の23。喪主は妻の佐代子(さよこ)さん。

仲宗根悟さん

 18歳ごろ、旧日本海軍に半ば強制的に志願させられ、海軍兵として台湾で戦争を経験、1946年復員する。廃虚と化した沖縄を復興するため青年団を組織、住宅建設や食糧生産、治安維持などに取り組んだ。52年のサンフランシスコ講和条約発効前の51年、日本復帰促進青年同志会などが中心となって全有権者を対象に実施した復帰署名運動に関わる。

 53年に県青年団協議会(沖青協)の事務局長に就任し、57年に第1回の祖国復帰促進県民大会を主催した。沖青協副会長、旧美里村議会議員などを歴任し、66年、復帰協事務局長に就任。沖縄の即時無条件全面返還・核基地撤去を要求する国民大会などの復帰運動を主導した。

 解散後は復帰闘争史の編さんで編集責任者を務めた。