【名護】「汀間なんとぅ」として知られたもち菓子のなんとぅ。名護市汀間では伝統の製法が母から子へと、受け継がれている。

田中喜子さん(左)と夫光昭さんのなんとぅは一口サイズもある=市汀間「春おばーのなんとう」

母の製法を受け継ぐ玉城弘さん=名護市汀間の自宅

田中喜子さん(左)と夫光昭さんのなんとぅは一口サイズもある=市汀間「春おばーのなんとう」 母の製法を受け継ぐ玉城弘さん=名護市汀間の自宅

 玉城弘さん(61)は母美代さん(88)から製法を受け継ぎ、15歳で料理人になってからも研究し続けた。田中喜子さん(64)も、母親の故仲里春子さんを小学生のころから手伝い、製法を子ども心に覚えていたという。

 区の歴史に詳しい座覇ヒデさん(92)によると、1874年(明治7年)生まれの母ウタさんもなんとぅを作っていた。もち米ではなく、アワなどを使ったという。黒糖やもち米が普及すると春子さんが保健所からの許可をもらい、次いで美代さんも許可を受けた。

 玉城さんは冠婚葬祭などで注文があったときだけ作っている。「盆や年末は大忙し。特に年末の3日間は汗だくです」と笑顔で話す。

 田中さんは4年前、区内で専門店「春おばーのなんとう」をオープン。夫の光昭さん(67)と二人三脚で切り盛りしている。

 田中さんは「汀間なんとぅを各地に広めた仲良しの母と美代さんを誇りに思う。これからも、なんとぅを守り続ける」と意気込んだ。(玉城学通信員)