めぐり合わせというものは不思議なものだ。イスラエルの有力紙『ハーレツ』の占領地特派員として、パレスチナ自治区に長年住み、自国イスラエルによる占領の不当な現実を訴え続けている著名なジャーナリスト、アミラ・ハスさんが今月来日した。幸いなことに僕も東京でアミラさんと交流する機会をいただいた。自分の取材を支えているのは「怒り」だと語っていたのが強く印象に残っている。

荒らされたチビチリガマを清掃する遺族会の與那覇徳雄会長(写真奥)ら=16日、読谷村

 パレスチナ問題の取材を続ける日本のジャーナリスト、土井敏邦さんの宿願が叶(かな)った形の今回の来日だったが、そのアミラさんらが、沖縄に取材に向かった際に、まさかチビチリガマで起きたあの出来事を最初に目撃した1人となるとは誰が予想していただろうか。現場の様子を目の当たりにして衝撃を受けたアミラさんは「戦争の記憶を忘却することは軍国主義への加担につながる」と思いを語っていた。パレスチナの地で起きていることと、沖縄戦の悲惨さを象徴する場所の損壊事件とをどこかで重ね合わせた重い言葉だった。

 そのアミラさんを現地で案内する役割を担っていたのが、読谷村在住の平和運動家で僧侶の知花昌一さんだったことも、何とも運命的なめぐり合わせだ。知花さんは、沖縄でも長年タブーとなっていたチビチリガマのいわゆる「集団自決(強制集団死)」事件を丹念に掘り起こした人物でもある。その知花さんは、沖縄への日の丸・君が代の押しつけに抗議して1987年10月、読谷村の国体会場で日の丸を焼いた。

 事件はさまざまな反発を引き起こしたが、知花さんが経営するスーパーが放火されたほか、チビチリガマの入り口に遺族らによって建てられた「世代を結ぶ平和の像」(金城実氏ら制作)が右翼団体員によって破壊された。それだけに、今回の損壊事件のまさに第1発見者となった知花さんの受けた衝撃は深く「ガマの犠牲者は3度殺された」と感じている。

 知花さんによると、12日の午前、来沖中のアミラさん、土井さんらと、ガマ近くの金城実さん宅で落ち合った。土井さんから遠来の客アミラさんの案内を是非と頼まれていたのだ。10時40分ごろ、金城さん宅を一緒に出て午前11時前にガマに到着した。すぐに異変に気づいた。「ハブに注意」の看板が引き抜かれていたのだ。おそるおそるガマに近づくと、平和の像の石垣が破損しており、レリーフのところに添えられていた金城実さん制作の歌碑が地面に打ち捨てられていた。

 さらに千羽鶴の半分以上が引きちぎられていた。これはやられたと以前の記憶がよみがえってきたという。まさかガマの中までは、と思って入ると、やられていた。87年の時は中はやられていなかった。ガマの中にあった「集団自決」当時まで使われていた遺品の瓶や陶器が10本くらい割られていた。皿の上に安置されていた遺骨や入れ歯なども地面に打ちつけられたのかバラバラに散乱していた。

 頭の中が真っ白になった。ガマの入り口にあった「平和の像」はなおそうと思えばなおせる。けれどもガマの中に安置されていた骨や義歯などの遺品は取り返しがつかない。そこまでやるのか、という明確な意志のようなものを感じたという。知花さんは遺族会などにすぐに連絡を入れるために、アミラさんらの案内をやむなく中止し、午前11時30分ごろにはアミラさんらと別れた。歴史の記憶の物理的抹殺。何とも救いのない行為ではないか。だがやった人間たちには救いなどはじめから脳裏にはなかったのかもしれない。

 その後の経緯は周知の通りだ。沖縄県警・嘉手納署は、事件の容疑者として沖縄県中部に住む16歳、18歳の無職の少年と19歳の高校生、17歳の型枠解体工の少年の計4人を器物損壊容疑で逮捕した。少年たちは「心霊スポットに肝試しに行こうと思った」などと供述しているという。また犯行の模様を動画で撮影していたという。筆者の取材によると現場には10日の日曜日の午前中にバイクで8人で行き、4人は犯行には加わっていない。そのなかには制止した者もいたという。逮捕のきっかけとして、嘉手納署以外の警察署に電話で「少年たちがやった」という通報があったという。反省の弁も供述していると。

 嘉手納署は早々と「政治的背景はない」と言明している。だが全体的に情報が十分につまびらかにされていない。少年事件だという面があるとはいえ、情報開示があまりに制限されているのではないか。那覇で会った知人たちは一様に「肝試し」という動機に引っかかりを感じていた。と同時に沖縄県警の発表内容や発表の仕方にもどこか違和感を持っていた。現場の第1発見者である知花さんも「肝試しと壊すという行為の間に大きな飛躍があるのではないですか」と言う。同感だ。どう考えても「肝試し」と「破壊行為」は次元が違うだろう。

 さらに4人(全部で8人)の少年たちがどういう間柄なのかが一切明らかにされていない。いわゆる暴走族なのか。あるいは右派系団体の周辺にいる「パシリ」のような集団なのか、あるいは全くそのような範疇(はんちゅう)とは別の遊び仲間なのか。

 さらにあえてウチナンチューではない立場から指摘させていただければ、沖縄県警は言うまでもなく、沖縄県民の生命と財産を守り、県民が安心して暮らしていけるように職務を行うことが求められている。それが、辺野古や高江での警備活動のありようや、さらに市民集会周辺での動きなどをみていると、県警は誰のために仕事をしているのかと疑いたくなるような事例がみられることがある。

 たとえば、県庁前広場で市民集会が開かれる際など、大音量をまき散らしながら街宣車が往来し、耳をつんざくような音量が検知されているのに(それ自体が違法行為だ)、県警は何もせずに放置していたりする。おかしな話である。今回の事件での適切な情報公開が求められる(地元メディアも頑張ってほしい)。

 事件後、行政や遺族会、平和教育関係者らは、「語り継いできた平和教育が彼らの心に届いていなかった。これを機に今後一層、平和教育、道徳教育を拡充させていく」と述べていた。読谷村ではガマ周辺に防犯カメラを設置することも検討しているという。

 だが、僕は那覇市内で話した知人の言葉が耳に残っている。「射程外の若者たち」。平和教育など全く興味もなく、基地問題など関係ない。県内に拡(ひろ)がる格差社会のなかで、どこからも打ち棄てられた、行き場のない若者たちが、チビチリガマを心霊スポットとしか捉えられないとしても、それは彼らだけの責任ではあるまい。そのことに向き合わない限り、何も僕らは学んだことにならない。(テレビ報道記者・キャスター)=随時掲載