県内初の公明党衆院議員として6期を務めた玉城栄一(たまき・えいいち)さんが1日午前3時48分、老衰のため糸満市の病院で死去した。81歳。旧平良市(現宮古島市)出身。葬儀・告別式は3日午後4時から浦添市伊奈武瀬1の7の1、いなんせ会館で。自宅は那覇市三原2の8の3。喪主は妻澄子(すみこ)さん。

 1952年に宮古高校を卒業。本土復帰前の立法院の事務職を務めた後、69年に那覇市議に初当選した。

 その後に公明党県本部書記長などを務めた。2度目の国政挑戦となる76年の衆院選で初当選した。

 公明党が国政野党時代に中道の政治姿勢で臨み、基地問題や福祉、環境などの政策に注力。衆院沖縄北方特別委員会理事や県本部長などを歴任した。

 沖縄戦中の八重山などで起きた戦争マラリア被害の補償を国に求めるなど、沖縄の課題解決に尽力した。