【クリッシー悦子通信員】ペルーのリマ市で不動産業を営む久場良憲さん(67)=沖縄市出身=は、祖父母、父母、そして良憲さん共にペルー移民の1世である。移民を語る時、常に「1世が少なくなった」と言われるが、良憲さんの一家は3世代とも1世という珍しい移民家族である。

祖父母の代から3代ペルー移民1世の久場良憲さん(右から2人目)とその家族=ペルー

 祖父良亀さん、祖母マカトさんそして父親の良昌さん、母親のツネ子さんも戦前のペルー移民である。良昌さんは1960年代、リマ市で不動産業を営んで財産をつくり、60年代に帰国した。父親の良昌さんが20代の良憲さんを「1度ペルーに行ってみるか」と旅行に誘い父親はいったん帰国。1カ月後に迎えに来たが、良憲さんは「ペルーが気に入った」のでそのまま残ることになった。

 当時は、ペルーが反米と自主独立を旗印にした軍事政権下で政情が不安定で、不動産業が困難な時代であった。それに嫌気をさし、帰国した県人からリマ市内のホテルを良昌さんが買い取り、良憲さんに経営を任せた。これが良憲さんのペルーでの生活と事業の始まりとなった。「私は沖縄から出たことがなかったので国の広さ、おおらかな国民性がとても気に入った」と良憲さん。

 現在では40室のそのホテルのほか、事務所や店舗用の貸しビルも所有している。「日系人の7割がウチナーンチュ」といい、事業拡大にも沖縄のネットワークが役に立った。銀行から金を借りることはできないので、ホテルを経営しながら、模合をおこし、それを元手に不動産を買った。「当時は何でも安かった。模合のメンバーは20~30人で二つぐらい模合を取れば土地が買えた」時代だった。その当時の不動産が現在では「40~50倍ぐらいの価値に上がったのでは」と振り返る。「字が読めて書けるからといつも書記、会計を任されていた」と良憲さん。「1世の人たちがほとんどいなくなって、ウチナーグチで話ができないのが寂しい」と語る。

 74年に県系2世のフーリア・はるみ・屋宜さんと結婚し、子供は1男3女。次女の照屋直美さんは県系の2世の男性と結婚し、現在沖縄在住。祖父母と父親の良昌さんは他界したが、母親のツネ子さんは元気に沖縄で暮らしており、年に2回沖縄を訪問し、お母さんや娘夫婦、孫に会うのが目下の楽しみという。