1945年8月6日午前8時15分、米戦略爆撃機B29から投下された原子爆弾が広島市上空でさく裂した。

 爆風と熱線、放射線によって爆心地から半径2キロに及ぶ市街地の建物のほとんどが破壊され、広島市の推計によると、その年の12月末までに約14万人が死亡した。

 あれから70年。広島はきょう、「原爆の日」を迎える。 「核兵器のない世界をめざす」と世界に向かって宣言した2009年4月のプラハ演説で、オバマ米大統領は「核兵器を使用した唯一の国として、行動する道義的責任がある」と語った。米国の歴代大統領として初めて、核兵器の使用責任を認めたのである。

 オバマ氏はまだ実績がないにもかかわらず、ノーベル平和賞まで受賞した。

 だが、オバマ氏の核軍縮政策は、各国の根深い「核抑止力」信仰に阻まれ、思うような成果を上げていない。議会で多数を占める共和党の攻勢で戦略核兵器の近代化に乗り出したことなどは、核廃絶とは相いれない動きだ。

 5月に開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議では、中東非核化構想の進め方に異議を唱え、最終文書案に同意しないことを明言、それが引き金になって会議全体を決裂させてしまった。

 NPTで認められた核保有国以外に核保有が拡散するなど、条約は深刻なほころびを見せ始めている。核大国のロシアとの関係もぎくしゃく続きだ。核をめぐって、歴史が、じりじりと後ずさりしているようにみえる。

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 ロシアはクリミア半島に核搭載可能な中距離爆撃機の配備方針をあきらかにした。年内に新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を40基以上配備する、とも発表した。

 いずれも米国が東欧に配備を進めるミサイル防衛システムに対抗するための措置だという。冷戦時代の再来を思わせるような動きである。

 プラハ演説は「一場の夢」にすぎなかったのだろうか。 気になるのは、広島、長崎と2度にわたって原爆被害を受けた世界唯一の被爆国として、日本が、核廃絶に向けた動きの先導役を果たし得ていないことである。

 米国の核抑止力に依存する日本政府は、核兵器の非合法化に消極的だ。米国に対しては、事あるごとに「核の傘」が有効に機能するよう求めている。

 他国の核開発や核実験を批判する日本側の主張が相手国から「説得力を欠く」と見られるのは、日本側が「核の傘」を前提にしているからだ。

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 生物兵器、化学兵器、対人地雷、クラスター爆弾などは条約で使用、貯蔵などが禁じられているのに、核兵器の禁止条約がないのは、市民感覚で考えれば理解しがたいことである。

 核兵器があれば、核の傘の中にいれば、敵対国から攻められない、という核抑止力信奉は、核保有衝動を刺激し、核の拡散を招きやすい。

 核兵器の「非人道性」や「非倫理性」をもっと世界に発信し、核抑止力信奉を覆すような、新たな核廃絶運動が求められている。