【広島で我喜屋あかね】「世界から核兵器をなくすこと。それが広島市民の願いです」。観光ボランティアガイドの座間味正彦さん(68)は6日、広島市の平和記念公園を訪れた観光客に語り掛けた。父の盛彦さん(享年91)は与那原町出身。戦前に広島県三次(みよし)市に移り住んだ。「沖縄戦を詳しく話すことはできない。でも広島のことなら、伝えることはできる」。

「核兵器がなくなることをみんなが待っているのに、平和の灯はまだ消えんのよ」と観光客に説明する座間味正彦さん(右)=6日午後、広島市・原爆ドーム

 広島に原爆が落とされた日。父は広島市から約70キロ離れた三次市にいて助かったが、叔母は助産師だったため、2日後に市内へ救護に入った。座間味さんの妻育子さんは被爆2世。母親が市街地から帰るバスの車内で被爆した。

 被爆した家族から、原爆投下後の市内の様子を聞いた。救護に向かった叔母は、救援物資がなく、痛みで声を上げる患者に何もできなかったことを悔やんだ。義母は一瞬で消えた街の中を自分の家を探してさまよった。原爆ドーム横の元安川にはたくさんの遺体が浮かんでいた。

 ガイドを始めたのはことし4月。平和学習の子どもなどを案内する。「子どもたちはこれからの日本を背負っていく。命の大切さを学び、平和について考えてくれる人になってほしい」と期待する。

 「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃え続ける」公園内の「平和の灯」。座間味さんは思いを込めるようにじっと見詰めていた。