70年前のきょう、長崎の空は真っ黒な原子雲に覆われ、時計の針が止まった。

 米軍機から投下された1発の原子爆弾は強烈な熱線と爆風、放射線によって7万4千人もの人々の命を奪い、やっとのことで生き延びた人々も、長きにわたって放射線の影響による病気や偏見に苦しんだ。戦争の傷はいまだ消えることはない。

 長崎「原爆の日」の9日、爆心地近くの平和公園で平和祈念式典が営まれ、投下時刻の午前11時2分に黙とうがささげられる。

 3日前の広島平和記念式典のあいさつで、国是でもある「非核三原則」に触れなかったことが批判された安倍晋三首相は、長崎の式典では「非核三原則の堅持」を盛り込むという。

 広島の式典は、安全保障関連法案を審議する参院の特別委員会で「核兵器の運搬も法文上は排除していない」と中谷元・防衛相が答弁した直後のことであった。

 戦後70年の節目の年に何を発信するかが注目される中、前年まで使った言葉がうっかり抜けたとは考えにくい。

 式典あいさつをめぐっては昨年、前年と酷似した文書が読み上げられ「コピペ」と指摘されたことを思い出す。

 平和と向き合う厳粛な場で、首相が紡ぐ言葉の軽さにがっかりすることが続く。

 広島で知らない間に大切な文言が消え、長崎では一転して復活する理由は何なのか。核に対する日本の姿勢にもつながる重要な問題であり、その真意を国会ではっきり説明してもらいたい。

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 米国は人類史上唯一、原爆を投下した国である。日本は人類史上唯一の被爆国である。

 戦後、日本は原爆を落とした敵国と日米安保条約を結び同盟関係を築き、「戦力の不保持」をうたう憲法9条の下、米国の「核の傘」に依存するという政策をとってきた。

 佐藤栄作首相が核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」とする非核三原則を国会で宣言したのは1967年のことだ。以来、被爆国の国是として定着する。

 佐藤氏は非核政策が評価されノーベル平和賞を受賞するが、後に公開された米公文書で「非核三原則はナンセンス」と発言していたことが分かっている。原則の裏で核兵器を搭載した米艦船の寄港を黙認する核密約を交わすなど「虚構」が浮き彫りになった。

 被爆者は、安倍首相のあいさつの変化に「三原則を変えるのでは」と不安を感じているのだ。

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 長崎市の田上富久市長は式典で読み上げる平和宣言で安保法案に言及し、政府に慎重な審議を求める。被爆者代表が朗読する平和への誓いでは、安保法案が被爆者の願いに反すると訴える。

 審議を重ねれば重ねるほど違憲立法の疑いが濃くなる安保法案への強い危機感を示すものだ。

 平均年齢が80歳を超える被爆者の願いは「核兵器のない世界」である。核の傘に頼る被爆国の矛盾から脱却する道筋を示し、核抑止論を超える政策を打ち出すべきだ。