菅官房長官との会談後、翁長雄志知事と記者団との一問一答は次の通り。

普天間問題について会談する菅義偉官房長官(左)と翁長雄志知事(右から2人目))と=12日午後4時32分、県庁

記者 冒頭で、米軍ヘリが墜落したことに触れていた。危険性を改めて感じる日になったが、その受け止めは。また、今日の初会合はどのような事を菅官房長官に伝えたか。

知事 昨日(の懇談で)沖縄の思い等を、原点みたいな話をさせてもらい、沖縄の思いは大変理解ができましたとの話も昨日はありました。今日は個別の話をするという風にしていたけれども、それは今日一日の時間としては十二分にできたのかなと思っております。UH60とハワイに行った時のMV22について触れたのは、やはり、そういった形で視察をされて、日常的に、そういうことが行われていることについて、県民は向かい合っているんですよと、いうような事を今日(事故が)起きたときに、改めて申し上げるのは大変重要だろうと思って、いろいろ話をする前に、そのことに触れた。今日は両副知事も発言をされましたので、そういった形で始まったと思っています。

 私からすると、この議論はある意味で1カ月の中でやっていく議論ですから、やっぱりいろいろ今日まで結論めいた話を、平行線でやってきたわけですが、このことについてどう思われるかというようなこと、あるいは私はこう思っていると、いうことについて、時間いっぱい話しをさせてもらいました。その内容は、一つは、抑止力の問題も、私の方から改めて提起をさせてもらいました。一つの大きなものは、沖縄の1県にこれだけ米軍基地を押しつけておくと、日本全体で安全保障を守るという気概が、他の国に見えないので、むしろ抑止力からいうと、沖縄だけに頼るというのは、日米、日本の安全保障という意味でおかしいのではないかと、いうような話から、一つ一つ抑止力についての話しもさせてもらいました。この機動的、即応性、一体性。これが海兵隊が沖縄にいる理由だという形で防衛省も話をしておりましたから、その機動性、即応性、一体性というものが、この沖縄でなければならない理由にはなりませんよと、いうような事で、佐世保の事とか、いろいろ本土にある基地の話もしながら、それから、一体となってやるという意味でも、沖縄の海兵隊は揚陸艦がありませんので、こういったこと等もできないと。こういうのを大変詳しく話をさせてもらいました。

 それから、ジョセフ・ナイさんとか、マイク・モチヅキさんなどが、「沖縄はもう近すぎて、中国の弾道ミサイルに耐えられない」と、こういう固定的な、要塞的な抑止力というのは、大変脆弱性があるというような話もされておりますから、そういった話もさせてもらってですね、沖縄はその意味からいうと、むしろ今日までの沖縄と言うよりも、これから以降はそういうリスクを伴うので、抑止力から言うと、もっと分散をして、やるべきではないかと、いうような話もさせてもらいました。

 あとは森本発言とか、いろいろそれに関わっての話しもさせてもらいましたし、中谷防衛大臣の話とか。これを言うと長くなりますのでね。大体そんな話しもしながら、抑止力の話もですね、私の考え方を申し上げました。概してこれから言うこともそうですが、先ほど向こうにも質問したということでありますので、一定程度、お話が聞けたと思いますが。私が言うほどには、いや違うでしょう、こうでしょうといった話にはなりませんでした。(菅官房長官は)「思いはわかる」とか、言っていることは、どちらかというと聞き役にまわって、話をされておりました。私が言ったことを、県民の皆さま方にもしっかり伝えないといけませんから、私が言ったことを改めてもう一回やりたいと思います。

 それから基地の負担軽減という意味でも、それから普天間の危険性除去、この2点についても違いを話をさせてもらいました。普天間の基地の世界一危険というものの除去が、原点だという話が今日までされていました。それに私はそれが原点ではありませんよと。戦後、普天間の住民がいない間に強制収容をされて、つくられた基地なんですよ、それが原点なんですよと。改めて、日米一緒ですから、自分が奪った基地が世界一危険になったから、老朽化したから、またお前たちに(新たな基地を)出せというのは、こんな理不尽なことはないんじゃないんですかと。こういうことをどう思います、というような話をしたら、昨日の(懇談で)沖縄と思いが乖離があったことを踏まえて、「原点がやっぱり違うんですね。私などは日米合意が原点になっておりますが、知事の場合には、そういうことになるので、その辺が今なかなか埋まらないんですね」というような話しをしておりました。

 いずれにしても、そういうものをやる中で、基地負担軽減についても、よく嘉手納以南などは着々と進んでいると話をしますけれども、私がよく申し上げているように、たった0・7%しか縮小されないじゃないですかと。それから、嘉手納以南、いつ返されるかもわからんような書き方じゃないですかと。それから返されたとしても、73・8が、73・1%に、0・7%しか減らないじゃないですかと。それから防衛大臣も含めて、いろんな方々が、沖縄担当の委員会の委員長とか、中枢にいる政治家が沖縄に来ても、その話をしたら皆びっくりして、「嘉手納以南がこれだけ返っても、本当に0・7%しか減らないのか」「沖縄の面積の半分にもならないのか」というような質問をほとんど100%、そういう返事ですよと。本土の政治家あるいは政府の方々もまったくご存じないんですかねというような話も私からさせてもらっています。これについても、(長官から)明確なものはございませんでした。あと、KC130。これも岩国に移転をしたということで、一つの成果として挙げられていますけれども、KC130は15機岩国に行っておりますが、その時は普天間には63機あった。だから15減りましたから、48機になった。ところがその後、攻撃用ヘリコプターと大型ヘリが10機配備され、今58機になってますよと。だからKC130が岩国に移って、負担軽減しましたよと言うんですけれども、そのあと違う機種が10機きて、こうなってると話をしたら、(長官は)「これは初めて聞いた。防衛大臣にも伝えておきます」というような話をされておりました。

 それから地政学的な意味でも、沖縄に置いておくという意味からすると、冷戦構造時代、そして今中国が大変驚異だから、スクランブルが今までの2倍になっていると、だから沖縄に基地を置く必要があるんだというお話しをされている。

 それから、積極的平和主義という意味では中東のホルムズ海峡まで視野に入れて、日本の集団的自衛権という中でも話し合われているという中では、それじゃ沖縄は中国ということだけじゃなくて、世界中を相手に基地を置かなきゃならんということになってるじゃないですかと。冷戦構造時代は今よりもずっと厳しい時代だったと思いますよと。それから今こういう時代になりましたけれども、その中でさらに基地を拡充していくことは、これはおかしいのではないかと。それから、ましてや中東までも視野に入れて、沖縄の基地があるということになると、これは県民からしたら昨日も申し上げたが、その思いの乖離が大きすぎて、とても耐えられない状況と思っていますということも話をしました。

 細かい話になると、森本さんの著書の話とかジョセフ・ナイさんとか、マイクモチヅキさんとかマケインさんとかが話したことを紹介しながらの今の話でしたので、基地問題については個別的な形で私なりに踏み込んで話をしました。

 そういう中で初めて聞いて、感じたこともたくさんあるんで、これからの会議の時には、ぜひその、どういう形になるか分からんけれども、構成メンバーにも時間をとって知事からしっかり話をしてもらえませんかということでしたので、どうなるかはまだ分かりませんが、そういった方向性も出てくるかと思っています。

 概略はそういうことになります。

 それから、官房長官からは今言ったように、原点が例えば危険性除去の日米合同委員会が原点と思っていたけれども、知事は強制接収されたのが原点だということで、ある意味では原点が違っていてここまできたんだということは感じたという話の中で、私だけではなく、おそらく閣僚のことだと思いますが、聞いてもらえるようにしたいですねという話でした。

 そして、今日はUSJ、あるは西普天間あるいはキャンプキンザーも見てきたので、その見てきた中でこういう問題も全力で解決、あるいは促進というか応援をしていきたいという話をしていました。

 それについては大変ご苦労様ですという話をしました。

記者 菅官房長官が感想で、普天間の原点の部分で大きな隔たりを感じたとおっしゃった。1カ月の協議の中でその隔たりをどう埋めるか。今後の協議はどういう順序で議論を組み立てるか。

知事 ま、これからの問題はまたこれからですね、また僕も今日の話をちょっと整理をし、あるいは反省をし、あるいはこれが本当は言うべきだったなとか、いろいろあると思いますので、そういうことがありますから、これからはそういう風にしていきたいという風に思います。

 隔たりは、今日お話しした中にも結局は日米合同委員会のことに日本政府がアメリカとの関係で迫られていることですので、沖縄の気持ちは伝わったのかなと、伝わってもそれに答えられない日本政府のものを少し感じましたけれども、これはしかし、そういった表現を菅さんがやったわけじゃないので、私がそうだろうと決めつけることはできませんが、私なりのものは沖縄の意見というものはなかなか今日まで聞く機会はなかったんだなぁと言うのが、内閣の皆さん方も私はあるのではないかと思っています。

 よく普通に言う日本国民といいますか、そういう中では私もよくテレビに出ますし、いろんな発言もしているが、それについても、接する機会があまりないような印象を受けましたので、改めて、むしろ政治家の皆さん方に問いかけるようなことも必要なのかなと思いました。

記者 隔たりを埋めるという中で、国と県も一定程度歩み寄る必要があるのではないかという議論になった場合、沖縄の歩み寄りとして、別の移設案を沖縄県内にということがよく浮上することがあるが。

知事 先日大手の新聞の東京のシンポジウムでも話をしましたが、私たちは県外移設ということでしっかりと認識をもっていますので、どこそこと言われても、これは難しいと、できないということは伝えていますから、そういった問題を解決する時には、だから私はいつも原点は強制接収されたことなんですよと、自ら奪っておいて、またおまえたちが負担しろとか、それができなければ代替案を出せというのは、だから私は日本の政治の堕落と言っているじゃないですかというような話までしているので、その意味から言うと、沖縄県ではなく、その中で問題を解決してもらいたいということを言っています。

記者 明日沖国大のヘリ墜落から11年。きょうこのタイミングでヘリ事故が起きたことに対する受け止めを。

知事 基地があるということはそういうことでありますし、それは政治的なゆがみとか、あるいは自由とか平等とか人権とか民主主義とかいうものをベースにしながら起こる事件事故ですから、確かに車での交通事故も日常的にあるわけですから、そういったこと等もいわゆる人が亡くなるという意味ではあるかもしれませんが、制度的な形で、こういうことが起こるということは、やはりそこに住んでいる人間からするととても耐えられないということになりますので、制度というかそういった構造にあるものの是正というものについて改めてやっていかないといけないことが一つと、これも官房長官に申し上げたが、そういったことがあって、あれですよと、たぶんあしたあさっては関係市町村がたぶん防衛局に行くと思いますと、抗議をしても返事は決まってますと。原因究明をしたいと、綱紀粛正云々の話をして、あとはまだ私たちには分かりませんということしか返って来ない中で、そこに時間を費やされる市町村長、あるいは私の気持ちが分かりますかと、待機児童とかいろんなことやらなきゃいけんのに、そういうことがあれば私たちは真っ先にそこに行って抗議をしたり、説明を求めたりする。ところがその説明たるや杓子定規の何の意味もないことしか返ってこない県民の気持ちというのが、昨日でいうある意味でみなさんとの思いがつながらないものにつながっているんですという話もしました。

 割合、昨日を受けて、結構私からすると話をさせてもらった感じがしますが、菅さんが特にこれを拒否することではなくて、じっくり聞いて、原点は原点として話をしていたのが印象的なことでした。

記者 官房長官からUSJ、コリドー、キンザーの話があったということだが、具体的には。

知事 具体的というほどではまったくないですね。向こうが説明をしたものに、ご苦労様と一言、私が申し上げただけです。

記者 コリドーやキンザーの早期返還に取り組むということか。

知事 見てきて、これからも解決に向けて頑張っていきたいという話をしましたので、ご苦労様でしたということを申し上げた。

記者 負担軽減と辺野古移設の問題はリンクしてくるのか。

知事 しないでしょ。これはもう前から言っているようにこれがするんだったら、元々が違う話で、ですから、ただ官房長官がそういった沖縄の振興にいろいろ力を尽くすというのは、これを私がそんなことは言うなとかそんな話ではないので。それは大変ご苦労様でしたということでやって、今言った基地の問題は私の思い、県民の気持ちをしっかり伝えました。

記者 海兵隊の抑止力について、菅官房長官の反応は。

知事 いや、防衛大臣にもよく言っとくので、防衛大臣16日お見えになるのかな、私とお会いすることになっているので、防衛大臣に伝えておきますからということで、この件については防衛大臣と話しをしたいと思います。

記者 前進と捉えているか。

知事 これはあなた方で判断してください。