1945年の沖縄戦時に、普天間飛行場を建設した米陸軍1176工兵部隊の行動記録と部隊誌に、同年6月17日に任務を割り当てられたことや具体的な建設計画が記載されていることが、分かった。日本への出撃拠点として、2本の滑走路と、当時の主力爆撃機だったB29の駐機場220カ所を建設する予定だったという。