三権の長や皇族などで構成する皇室会議で、天皇陛下の退位日程が固まった。

 2019年4月30日に陛下が退位し、翌5月1日に皇太子さまが新天皇に即位、その日に元号を改める。

 存命中の天皇退位は、江戸時代の光格天皇以来、約200年ぶりだという。8日に政令を閣議決定する。

 現行の皇室典範は、皇位継承について「天皇が崩じたとき」と定め、退位の規定を設けていない。なぜ、可能になったのか。

 ことの始まりは、16年8月、陛下自身が国民に向かって、ビデオメッセージの形で「退位の意向」をにじませた思いを伝えたことだった。

 「おことば」は国民に大きな衝撃を与え、各党が退位を実現するために歩み寄った結果、一代限りの退位特例法が制定された。

 この間、さまざまな論点が浮かび上がった。天皇の公的行為のあり方、女系天皇や女性宮家創設の是非、退位制度の恒久化など、いずれも重要な論点である。象徴天皇制のあり方を国民的規模で議論するまたとない機会だったが、対立回避が優先され、国会での議論は深まらなかった。

 退位と即位・改元の日程についても、官邸と宮内庁の間で綱引きが続いた挙げ句、「なんでかねぇ」と思わせるような、元日でも年度替わりでもない日付となった。

 日程の決定にあたって、国民本位は貫かれたのか。政権主導の印象がぬぐえないだけに、皇室会議の議事録を公表し、決定過程を透明化する必要がある。 

■    ■

 憲法は、天皇を「日本国民統合の象徴」だと規定している。象徴天皇とは何か、どのような存在であるべきか。核心に迫る国民的議論は、憲法制定時を除けば、これまであまりなかった。

 改めてビデオメッセージを読むと、政治の無関心や不作為をよそに、陛下自身が「望ましい象徴天皇像」を模索してきたことがわかる。

 さまざまな公的行為を通して示してきた象徴天皇像は、一言でいえば、障がい者や高齢者、災害を受けた人びと、「その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々」に寄り添う天皇像である。

 国政の権能は有しないが、単なるロボットではない-そのような象徴天皇像を追い求めてきたようにもみえる。

 肝心の国会が、憲法と民主主義の下での望ましい象徴天皇像を形成する努力を怠ってきたのである。

■    ■

 1996年4月、来日したクリントン米大統領と面会したとき、陛下は、基地の負担軽減に関連して「沖縄の人たちの気持ちに配慮しながら」、解決の方向に向かっていくことを願う、と発言した。

 2013年4月28日、サンフランシスコ講和条約発効の日にちなんで政府主催の主権回復記念式典が開かれた。式典出席を求める政府側に対し、陛下は「沖縄の主権はまだ回復されていません」と語ったという。

 こうした「沖縄に寄り添う天皇像」は新天皇に受け継がれていくのだろうか。