沖縄戦で受けた身体的・精神的被害の救済を求めた訴えは再び退けられた。

 戦争被害者や遺族ら66人が国に謝罪と損害賠償を求めた「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)は一審に続き、住民側の訴えを棄却した。

 被害者の願いはかなわず、国家賠償に消極的な行政府や立法府の姿勢を追認した判決であると言わざるを得ない。

 判決では、伊江島で日本兵が爆弾を爆発させた傷害行為で、原告住民1人が重大な障がいを負ったこと、別の原告住民は渡嘉敷島で手りゅう弾が配られ、「集団自決(強制集団死)」の存在がうかがわれることを認定した。

 「被害には、3カ月以上にも及ぶ地上戦が行われた結果や軍の一定範囲の統制下において組織的に自殺を教唆、幇助(ほうじょ)したことにより生じた沖縄戦特有のものもあり、その被害は極めて深刻な者もいる」と認めた。

 沖縄戦で受けた外傷性精神障がいなどで多くの原告住民らが「苦しんでいる」と一審判決が触れなかったことにも言及した。近年問題になっている戦争トラウマ(心的外傷)である。被害者の苦しみは今も続いているのだ。

 しかし、判決は「明治憲法下では国の賠償責任を認めた法律はない」として、1947年の国家賠償法施行前については損害賠償の責任を負わないとする「国家無答責の法理」や、「戦争ではほとんど全ての国民が被害を受けた」とする「受忍論」を適用し、訴えをすべて退けた。

 被害も認めながら請求は棄却する。日本兵を上回る住民犠牲を出した責任は一体誰が取るのか。

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 沖縄は本土決戦に備え、時間稼ぎのための「捨て石」とされた。

 沖縄戦の特徴は「住民を巻き込んだ地上戦」が繰り広げられたことだ。沖縄と本土の戦争体験とはまったく違う。

 日本軍がガマに身を隠していた住民を追い出したり、スパイの疑いをかけ住民を殺害したりした。日本軍は「軍官民共生共死」の考えを住民指導の方針とし、捕虜となることを許さず、「集団自決」に追い込んだ。

 その中には「戦闘参加者」として援護法の適用を受けた人がいる一方で、第三者の証言が3人以上必要とされたため、適用されずに亡くなった人も6万7千人に上る。

 日本軍の加害行為など沖縄戦特有の事実を「受忍論」で片付けることはできない。

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 住民らは上告する方針である。提訴から5年がたち、6人がすでに亡くなっている。平均年齢が83歳になる原告らに残された時間は少ない。

 判決後、原告団長の野里千恵子さん(81)が「国が起こした戦争で国が責任を取らない。理不尽だ」との悲痛な声を上げた。

 空襲訴訟など戦後補償関係の判決では、たとえ棄却されても、立法による救済を促したり、原告の心情に理解を示したりすることがあった。今回はいずれもなかった。

 行政府も立法府も被害者救済を放置してはならない。