9秒でまるわかり!

  • 沖縄戦で米軍に撃沈された学童疎開船対馬丸に一組の男女が乗船
  • 2人は「いいなずけ」だったため別姓で刻銘・遺影展示されていた
  • 戦没者名簿では夫婦での記載と判明し、記念館も隣同士に展示した

 結婚を約束しながら、対馬丸事件の犠牲になった男女がこの日、71年の時を経て結ばれた-。2人は当時26歳の池宮城秀則さんと19歳の静子さん。ともに羽地村(現名護市)出身で、垣花国民学校の引率教師だった秀則さんに付いていく形で、静子さんも乗船したとみられる。

夫婦として遺影が並べられた池宮城秀則さんと池宮城静子さん。静子さんは旧姓の「比嘉」から「池宮城」に修正された=20日午後、那覇市・対馬丸記念館

 静子さんはこれまで、「比嘉」の姓で対馬丸記念館に刻銘や遺影展示をされてきたが、慶田盛さつき学芸員(36)が昨年、秀則さんのデータを確認した際、2人が名護市の戦没者名簿や糸満市の平和の礎(いしじ)には夫妻として記されていることが判明。戸籍上は結婚していなかったが、いいなずけの間柄で、静子さんの位牌(いはい)があるのは秀則さんの遺族宅だという。遺族に意向を聞いたところ夫妻としての刻銘を望んだことから、静子さんを「池宮城」の姓に修正することになった。

 慶田盛さんは「2人ともまだ若く、一緒になる将来を描いていたことを思うと心が痛む。これまでは名字が違うため遺影も離れていたが、隣同士に展示できて良かった」と話した。