「住吉の長屋」と言えば、建築家・安藤忠雄さんの初期の代表作。住宅がひしめく大阪市住吉区の三軒長屋の真ん中が、建て替えで打ち放しのコンクリートに変身した

▼間口がわずか約3メートル、奥行きも約14メートルしかない細長い2階建て。ただでさえ狭い家の3分の1が中庭で、それが居間と台所の間にある。雨の日は、部屋の移動に傘が要る

▼斬新な設計は日本建築学会賞を受賞したが、生活面の不便さに批判も強かった。しかし、中庭があるおかげで、家の中に風が通り、自然の光が差し込んだ

▼空間の豊かさとは何だろう。機能性や合理性が優先される世の中で、安藤さんは意識的に「余白の空間」をつくり、人が集える場を生み出してきた。「人工と自然、個人と社会、過去と現在、人間社会のあらゆる事象の関係づくりが建築」。モノをつくる意味を極限まで考える求道者のようだ

▼元プロボクサーで、建築を独学で学んだ希有(けう)な存在。東京・六本木の国立新美術館で開かれている個展は、世界的建築家が歩んだ軌跡に触れようと、観客の行列ができていた

▼一見、無駄にみえても、そこに価値がある。「住吉の長屋」の手書きの設計図を眺めながら、自分自身の記者経験を思い返し、うなずいた。取材相手との何げないユンタクが鮮やかによみがえり、心の糧になっているな、と。(西江昭吾)