昨年の米大統領選以降「○○ファースト」という思考が広がり続けている。人や集団が自身を大切するのは当然だが、他者との対話を忘れ「自分たちが優先」だとする在り方は、国際社会が築き上げてきた秩序をないがしろにするものだ

▼米国から始まり世界を席巻する「ファースト」思想が、いつの間にか他者を否定する「オンリー」思想にエスカレートしている気がしてならない

▼排他的で偏狭な考えが、世界各地で分断や断絶をはびこらせている。こんな時代に一筋の光明を示してくれたのが今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏だ

▼スウェーデンで7日にあった受賞記念講演で、貧富の格差拡大や人種差別主義台頭への懸念を示し、物語で感情を伝えるのは「国境や分断を超えて人間が共有するものに訴えかける」大切なことと説いた

▼幼いころ日本で育ち、5歳で両親と渡英した。通う小学校で非英国人は1人だけ。少年時に味わった孤独感を乗り越え、日本と英国という二つの異なる文化を生き、物語を紡いできたからこそ、世界を覆う分断の無意味さが分かるに違いない

▼講演で「耳を澄まさなければならない。良い作品を書き、読むことで壁は打ち壊される」と訴えたイシグロ氏。人と人とを結びつける文学、言葉の力を信じる氏の強い思いに勇気付けられる。(玉城淳)