いったい何のための集中協議だったのか。一国の総理が最終協議の場に参加したのはどのような理由からか。

 名護市辺野古での新基地建設作業を1カ月中断し、互いの主張をぶつけ合ってきた政府と県の集中協議は7日、論点がかみ合わないまま決裂した。

 この間、政府に米軍普天間飛行場の辺野古移設を見直す気配はまったくなく、翁長雄志知事が「魂の飢餓感」と例えた県民の心情も理解されることがなかった。最終協議で菅義偉官房長官が口にしたのは「工事再開」である。

 政府から提案のあった集中協議に、かすかな期待がなかったわけではない。しかし終わってみれば、安保法案、原発再稼働、戦後70年談話などの重要課題を一つずつ処理していく時間稼ぎのために辺野古を利用したとしか思えない内容である。いくら協議を重ねた形をとっても、沖縄の民意を軽んじている。

 最終協議に出席した安倍晋三首相だが、その前日に放送された民放の番組で「辺野古以外はない」と発言している。県民をもてあそぶような態度だ。

 問題解決に向け協議するとしながら、話し合いの土壌は、初めからなかったことになる。

 5回の協議で示されなかったのは「なぜ辺野古なのか」「県外はどうなったのか」という県民の切実な疑問への説明である。

 集中協議で分かったことは「国が決めたんだから言うことを聞け」とばかりの相変わらずの強硬な姿勢だ。

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 沖縄側が求めていたのは、普天間の県外移設による危険性除去と、新基地建設断念による基地負担の軽減である。

 協議終了後、菅氏は「普天間の危険除去の認識は一緒だが、方法論の隔たりが埋まらなかった」と述べた。

 政府が繰り返す危険性除去は新基地建設のための方便でしかない。危険性除去を最優先させるなら、ここまで長期にわたって問題を引きずることはなかったはずだ。

 あたかもそれ以外の選択肢がないように「辺野古が唯一」との言い方も一種の世論誘導で、説得力がない。

 総理をはじめ何人もの閣僚が顔をそろえ、何回も集中的に話し合ったのに、何の解決策も見いだせない。問われなければならないのは、政府の問題解決能力ではないか。

 日米同盟が重要と考えるのなら、強力な政治的意思で選択肢を用意することは、困難であっても可能である。

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 国は辺野古海域で県が実施する潜水調査が終わり次第、移設作業を再開するという。

 翁長知事も前知事の埋め立て承認を取り消す手続きを進める意向だが、主導権を確保するためにも決定を急ぐべきだ。

 知事が承認を取り消せば、政府はすかさず取り消し処分の無効を申し立てるはずだ。法廷に持ち込まれるのは避けられない。

 沖縄側の主張の正当性を内外にどれだけアピールできるかが、これからの勝負となる。県民投票についても真剣に検討すべき時期である。